2016.12.03

カジノ解禁とは政府は堕落した

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政府の借金残高を見るだけで政府は実質破綻していると思いますが、カジノ解禁とは実質破綻している政府が考えそうなことです。

カジノ、ホテル、商業施設などからなる統合型リゾート(IR)ができても私は行きません。

大半の人が損するカジノで自分だけが得することはまずありません。
得すると期待している間は夢が膨らんでわくわくしますが、損したとわかるとがっかりします。
何ともはかない夢です。
成就感がありません。

カジノで損する人は馬鹿だと思いますが、国・地方がカジノを経営して馬鹿からお金をとるというのは不健全です。
馬鹿を生むような国・地方であってはいけません。

カジノを経営するような国・地方は堕落していると思います。

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2016.12.02

天皇生前退位は恒久法として認めた方がいい

S161202

天皇の希望に関する有識者の意見はいろいろのようですが、安倍晋三内閣は現天皇だけに生前退位を認める特例法でお茶を濁したいようです。

これはまずいと思ったのでしょうか、天皇の友人という人がメディアに登場して、天皇の本意を改めて公開しました。
生前退位できる仕組みを恒久法にしてほしいとのことです。

天皇の苦悩の種は、高齢になってからの天皇職がきついということだけではありません。
天皇職にとどまったまま亡くなると、残された人が執り行わなければならない伝統儀式がきついこともあります。
天皇制は伝統文化で保存しなければならないということですが、現代の皇族に要求することは非人間的と思われることがあります。

有識者と天皇が情報交換する場を設けないと有識者の意見は深まらないのではないでしょうか。

戦後まもなく天皇は人間との宣言がなされました。
近年の風潮を見ますと、政府は天皇を人間扱いしていません。
あろうことか自民党の憲法改正案によると天皇は元首(天皇は文字通り天皇ということでしょう)であるとなっています。
象徴として約70年定着した天皇が元首となると、自由主義、民主主義はどうなるのでしょうか。

宮内庁は皇族の仕事(含しきたり)をよく知っていると思います。
宮内庁で皇族の仕事をきちんと整理し、記録にとどめるだけにし、皇族の仕事からはずすべきもの、今後も継続すべき仕事というように分けてみてはどうでしょうか。
すると天皇が亡くなった後、残された人が執り行わなければならない過酷な仕事などを取り除くことができるかもしれません。

天皇にも一般の人と同じように天皇職を引退してのんびりと老後を楽しんでもらった方がいいと思います。
大半の国民は生前退位の仕組みに賛成だと思います。
天皇も人間であるという基本に基づいて考えるべきことと思います。

生前退位を認めると天皇制が歴史的伝統的価値を失うと心配する人がいます。
昔の天皇は生前退位したことがないのでしょうか。
昔は権限があった訳ですから天皇には生前退位する自由があったと思います。
生前退位してはならないという考えは歴史的でも伝統的でもないと思います。

生前退位の自由を認めると、そのほかのことでも皇族が自由を求めるようになり、天皇制維持が出来なくなると心配する人がいます。
しかし皇族の自由を厳しく制限すると、不満続出で、それこそ天皇制維持がむずかしくなるのではないでしょうか。
皇族にも自由に、また人間的に生きる道を用意した方がいいと思います。

憲法が認める自由は皇族も含めすべての日本人が享受すべきものと思います。

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2016.11.28

近年鉄道による人身事故が多すぎるのではないか

S161128

失業率が非常に低いと言われていますが、どうして毎日のように鉄道による人身事故がおこっているのでしょうか。
人が死に、電車が大幅に遅延するのは大問題です。
事故をいかに早く処理し、いかに早く電車を動かすかが重視され、事故を減らすことが軽視されていないか心配です。

昔私が勤めていた会社で私も知っていた社員が、仕事を期限までに終えることができないと悩んで鉄道自殺しました。
残業が続き、疲れ切って思考が異常になっていたと思います。
当時は、会社の業績が悪く、仕事力がないと評価されると転職を強いられる状態でした。
上司に相談することができなかったのでしょう。
死にたいと思ったのではないでしょうか。
思いつめてしまったのではないでしょうか。

現代も非常に仕事が多く、残業が多いと言われています。
休みの日に突然呼び出されるような仕事も多いと言われています。
会社は人手が足りなくて困っていると聞きます。
苦しい仕事が多いのではないでしょうか。
耐えがたいと思って退社する人が多いそうです。

しかし給料を上げたい、昇進したいなどと思うと、残業また残業に耐え、やがて疲れ切って死にたいと思ってしまい、本当に自殺してしまうことがあります。

現代の仕事は、量が多いだけでなく、複雑になっています。
ストレスが多い仕事は増える一方ではないでしょうか。
労働人口が減っていますから、仕事をこなせない状態になっていないでしょうか。

もの・サービスの合理化が必要です。
つくりすぎ、やりすぎはやめるべきです。

技術力にまかせてつくりたくなるものですが、つくった後のことをよく考えるべきです。
本当に必要かと考え、つくりたくなる思いを押さえることが必要と思います。

どうしてもつくる場合は複雑を避け、単純を追及するといいと思います。

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2016.11.27

年末ジャンボ宝くじ

宝くじを買うと、半分は地方への寄付、半分は賭博です。
しかし地方への寄付と思って買う人はほとんどいないのではないでしょうか。

賭博については、子供の頃、森の石松が博打が原因で殺され、浪花節の材料となって「馬鹿は死ななきゃ直らない」と謡われたので、この言葉が頭に染みついて、馬鹿がやることと大人になっても思っていました。
老人になった今も、宝くじには抵抗があります。

宝くじはほんの少数の人が大金を手にし、大半の人が損する仕組みになっています。
当たる確率を高める方法はありますが、確実に儲かる人は、主催者である都道府県であり、事業に協力する個人・会社です。
くじを買う人はほとんど儲かりません。

その仕組みがわかっていない人はいないと思います。
したがってどうも買う人は馬鹿ではないようです。

宝くじに当たるかもしれないと思うと、期待でこころがわくわくします。
数千円の消費で当選がわかるまでの1か月ぐらい夢がふくらむのは楽しいものです。
つまり宝くじを買うことは娯楽の範疇ということでしょう。
宝くじに全財産をかけるような「馬鹿」はいないのでしょう。

ところでやはり私は宝くじを買いません。
宝くじ以外に心がわくわくするようなことがあるからです。
子供の頃からの習慣ですが、お金を使わないで起きている時でも私は簡単に夢の世界に入ることができます。
老人になった今もお金を使わないで心がわくわくする夢の世界に入ることができます。
本当に寝ている間に見る夢でも、私が見る夢は心がわくわくするような夢が多いです。

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2016.11.25

人は絶対ではない

絶対神を信じても人は絶対ではありません。
神を知れば知るほど自分の不完全さを知ります。

したがって人が人を裁くことは危険なことです。
そこで社会は法律を制定して、法律に基づいて有罪か裁く仕組みになっています。
罪なき人を罰することは禁止されています。
有罪の証拠がなければ罰することはできません。

宗教的社会でもそうです。
宗教的社会では、むしろ慈悲を施したり、赦したりすることで、罰すると罰されるという連鎖を止める知恵が重視されています。

ところがテロによる無差別殺戮は、罪なき人を殺しています。
無法です。

大半の人々はテロを罪と思っていますからテロリスト組織は恐怖政治を行うことができても、健全な政治ができず、人々から否定されます。
したがってテロリスト組織が支配的な社会は発展しません。
テロリスト組織は消える運命です。

テロリストは、自分は社会から否定されていると思い、あるいは社会が悪いと思い、テロリストになったと思いますが、テロリストになると確実に社会から否定されます。
つまりテロリストになっても問題解決になっていません。
反対にもっと自分が否定される状態になります。
早く気付くといいのですが、気付く前に死んでしまう(殺されてしまう)ことが多いものです。

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2016.11.18

ゲートボール(GB)を見直そう

70歳ぐらいではGBを老人のスポーツと言って軽視し、80歳ぐらいになって運動のためそろそろGBでもやるかと言って始めるとGBのむずかしさに驚いてやめてしまう人がいます。
GBを80歳ぐらいの老人のスポーツと思うのは誤解ですが、現実、町のGBクラブを見ると平均年齢85歳ぐらいというクラブが結構多いと思います。
私が所属するクラブも平均年齢85歳ぐらいです。
90歳以上の方が2名もいます。
このような高齢の人々が町の公園でGBを楽しんでいるを見たら70歳ぐらいの人は自分はまだGBには早いと思うでしょう。

GBが老人のスポーツと誤解される最大の原因は、体の動きがゆるやかなことだと思います。
激しく体をねじったり、手足を伸ばしたり、走ったりすることはありません。
GBでは競技者より審判員の方が動きが激しいと思います。

しかし正確な打撃、巧みな作戦は80歳ぐらいで始めた人はなかなかマスターできません。
体も頭も老化しているからです。
周りが上手な人が多いと、下手な自分が目立って楽しむどころではなくなります。

老人が多いため町のGBクラブは消えつつあるのではないでしょうか。

しかし、GBは、少し上手になると、誰でも夢中になれるスポーツです。
1試合30分ですが、ほどよい緊張が続き、試合に集中できます。
私が所属するクラブでは週3回、毎回4試合やっています。
2時半の時間を要しますが、飽きた、やめたいという人はいません。

しかし、非常に下手だと、すべての打撃でミスが目立ち、自分が仲間のチームの敗因となります。
これを気にすると試合に参加するのが嫌になります。
これを乗り切るにはまずは打撃が上手になることです。
自宅で打撃練習するといいと思います。
私は4mの距離で毎日100回以上他球に自球をあてる打撃練習をやっています。
この打撃でミスが減ると第1ゲート通過は容易になります。
打撃が上手になると作戦を楽しむ心のゆとりが生じます。

GBは老人のスポーツという偏見を取り除くためには、日本ゲートボール連合は、GBを学校スポーツに取り入れてもらうか、中学校以上の学校のクラブ活動に取り入れてもらう工夫努力をする必要があると思います。

GBは1947年鈴木栄治という北海道の方が子供達のために考案したスポーツです。
そのよさが世界で認められ、今では4年に1度世界大会が開催されるようになりました。

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2016.11.16

不良グループ

横浜のある小学校、中学校で福島の原発事故被害から避難してきた子供がいじめを受けていたことが明らかになり、いじめに対する学校および教育委員会の対応が問題になっています。
子供は先生に言っても問題を取り上げてくれない、学校は教育委員会に言っても問題を取り上げてくれないなど上に立つ人の問題放置が問題になっています。
問題が新聞テレビで取り上げられると、教育委員会が問題認識が不十分であったと弁解しています。
横浜市長が学校や教育委員会の責任に言及し謝罪しています。

いじめを止めることは非常にむずかしいことです。
まじめに問題に取り組んで先生が精神的に参ってしまうことがあります。

私が中学一年生だったとき、同学年に不良グループがいて、私も一度、グループのリーダーに殴られたことがあります。
私は先生に報告せず、不良グループを避ける方法で中学校生活を乗り切りました。
この不良グループのことを知らない先生や生徒は一人もいませんでしたが、問題は解決しませんでした。
この不良グループと戦った先生がいたようで、卒業式のあと、この先生は大きな石を背中に投げつけられました。
卒業生達は自分にも石が飛んでくると思い、悲鳴を上げながら学校から逃げ帰りました。

この不良グループがいただけで中学校についてはいい思い出がありません。
心に残った先生もいません。
校長もどの先生も暗い顔をしていました。
私ものびのびと中学校生活を楽しんだ記憶はありません。
クラブ活動はせず(クラブ活動がありませんでした)、一人、学問に逃げ込んだような生活をしていました。

中学三年生のときの担任の先生は現在も健在で、同級会で会うと、先生は、不良問題でいつも頭を悩ましていたと述懐しています。
不良のことは思い出すが、私のような普通の生徒のことは思い出さないそうです。

周りが不良グループを意識し対立すると余計不良グループは元気になるようです。
先生や普通の生徒は暗くなり元気を失います。
健全な活動を増やすように先生も生徒も工夫すると、不良グループが目立たなくなり、やがて消えるのではないでしょうか。

(注)私が入った高校はクラブ活動が非常に活発で、変なことを考える余裕がありませんでした。素晴らしい体育の先生が二名もいて、不良っぽい生徒はどんどんスポーツクラブに勧誘されました。全国大会で優勝するような選手が何人も現れて、暴力エネルギーがスポーツエネルギーに転換されたようです。この高校は、何事においてもトップクラスで、昔から有能な人材を社会に送り出しています。

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2016.11.15

皇室の人を生きた化石にしてはいけない

天皇制は日本の文化ですが、天皇制を維持するために皇室の人に天皇制の中で生きることを強いることは非人間的です。
天皇制維持を自分の仕事と割り切って働く人はいいと思います。
仕事に疲れた、やめたい、あるいは別の仕事をしたいと思う人に選択の自由を与えることが人間的です。

話題の天皇の生前退位は実は高齢者の仕事の問題だけではありません。
摂政をおけば解決する問題だけではありません。
天皇が天皇として死ぬと、残された人の伝統的仕事が異常と思える仕事になることを人々は知るべきです。

天皇制を維持するためには、記録にとどめるだけとする仕事と、これからも皇室の人にお願いする仕事に区分整理するといいと思います。
天皇制維持の仕事の中には一般の人々がまったく知らない伝統的かつ現代の皇室の人には耐えがたい仕事が数多くあると思います。

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2016.11.12

人々は自分で情報を収集し、自分で考えるようになった

今回のアメリカ大統領選挙では新聞テレビの影響力が低下し、自分で情報を収集し、考える個人が支配的になったそうです。
インターネットが普及し、人々の考えがよくわかるようになり、自分の考えに自信を持つ人が増えたようです。
新聞テレビの言うことより自分の考えを大切にしています。
これはアメリカだけの現象ではなく、世界でおこっています。

従来は、新聞テレビが人々にとって主要な情報源でした。
自分で考えても自分の考えに自信が持てず、新聞テレビの言うことに影響を受けました。
しかし近年は、自分と同じ考えの人が大勢いるということがインターネットでわかるようになり、個人主義が強くなってきました。
新聞テレビは人々を誘導することがむずかしくなりました。

日本では新聞テレビが安倍晋三内閣のアベノミクスを喧伝しましたが、個人はアベノミクスに乗りませんでした。
人々は消費に走らず、節約を続け、物価の上昇を抑えました。
会社が給料を上げないから人々は消費しないと言って安倍内閣は経団連などにお願いして会社に給料を上げてもらっていますが、給料が上がっても節約を続けています。
国は国、個人は個人ということでしょう。

国は金利ゼロに誘導したので新聞テレビを通して投資を人々に呼びかけましたが、人々はそれほど投資に走っていないようです。
最近円高株安が進んでいますが、人々が動揺している気配がありません。
自己責任で資産運用をやっていたか、国が言う投資に用心していたのでしょう。
ここ数年で個人の金融資産が増えています。
一方、国は借金残高を増やしています。
国と個人が対照的です。

新聞テレビは、放射能汚染の危険に沈黙し、危険は去ったという雰囲気をつくっていますが、インターネットを見ると汚染地の実態がわかります。
個人は汚染地を回って除染のいい加減さ、放射性廃棄物管理のいい加減さ、突然変異の実態、放射線量を調べ、インターネットで危険を報告しています。

新聞は購読者がどんどん減っています。
テレビを見ない人がどんどん増えています。
インターネットで自分で情報検索をする人が増えているからです。
新聞テレビの情報だけでは個人にとって情報が不十分だからです。

私は新聞テレビの報道は、インターネットの報道機関ウェブサイトで見るようにしています。
日本の報道機関のウェブサイトは情報が少ないが、外国の報道機関のウェブサイトは情報が多いと思います。

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2016.11.11

「生きる」と考えることが一番大事

今生きている人が生きることについて疑問を持つことは一番悪い考えと思います。
世の中思うようにならないと感情的になって、自分なんかいない方がいい、死んでやるなどと考える人がいます。
もっとひどくなると、誰かを道連れにして死んでやると考えます。
一人殺せば自分は損しない、二人殺せば得すると考える人がいます。
一人殺せば二人損、二人殺せば三人損という計算ができません。
自分以外の目で自分を見ることができません。

今生きている人は、どんなに苦しいことがあっても「生きる」と考えるといいと思います。
精神は球にたとえると薄い表層部と厚い深層部からなります。
表層部が自我、深層部が精神本体、原始的精神、原精神です。
私は精神本体を「人の命」と呼んで、非常に重視しています。

思考する場所は精神の表層部です。
その重要な役割は目や耳などの感覚器官を使って外の情報を集めて生き方を考えることです。
人類が生物の頂上にたって威張っているのは生き方についてよく考えることができるようになったからです。
思考が発達していない生物の場合、危険が迫っていても生きる方法を考える思考は限界があります。

精神の表層部は外の情報に反応しやすくなっています。
その結果、精神の深層部の機能に気づきません。
しかし思考未発達の生物でも、生きようとして必死です。
つまり精神の表層部が未発達でも深層部は発達していて生きる力が作動してます。
人もまったく同じで精神の深層部で生きる力が作動しています。
この生きる力が正しく作動するためには表層部の正しい思考が必要です。

世の中、思うようにならないことがあったら、生きるためにどうするかと考えます。
誰かが人生の邪魔者と思ったら、邪魔されない方法を考えます。
方法はあると考えます。
死ぬなどと考えないことです。

生きると考えると、ここが不思議ですが、精神の深層部が表層部の考えを助けます。
つまり、表層部と深層部は連携しています。
深層部は表層部を活性化し、思考力、決断力、実行力を高めます。
こうして表層部は難問を解決することができます。

表層部が死ぬと考えたとします。
すると深層部は死ぬという考えを助けます。
ここが重要な点です。
深層部は本来生きる力ですが、人の場合、表層部が発達したことで表層部の指示を尊重して機能するようになりました。
深層部は表層部に生きよと言っていますが、内なる声は表層部に聞こえず、死ぬと考えてしまう場合があります。
深層部の生きる力が、単なる力として機能し、表層部の実行力が高まり、人は本当に死にます。

生きると考えることが非常に重要です。
決して死ぬなどと考えてはいけません。

‭人が自然に死ぬときは、体が弱って表層部の思考力が弱って、生きるとも死ぬとも考えなくなって、つまり表層部が機能しなくなって死にます。
そのときは痛くもかゆくもないと思います。
痛いとかかゆいとか、何かを感じるときは精神の表層部が機能している証拠です。

体が弱って、死が近いとか、十分生きた、もう死にたいとか思うことがあると思います。
これは自然の成り行きと思います。

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