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2005.01.30

梅見の予定

taurabairin
3月上旬の田浦梅林

横浜では梅がほころびました。

梅と言えば最近JRの駅で湯河原幕山公園の湯河原梅林のポスターをみました。
美しいポスターです。

いつも思うのですがJRの観光用ポスターの写真は力が入っています。
実に商売熱心です。

梅見は日本の人々の主要な行事の一つです。
そこで梅の季節になりますと交流している海外留学生達を連れて観梅に行きます。
昨年は田浦梅林に行きました。
今年は、湯河原梅林に行ってみようと思います。

田浦梅林はあまり人に知られていませんから静かですが、湯河原梅林は人また人でしょう。
JRのおかげでと言うべきか、せいでと言うべきか。

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2005.01.29

読んでよかったと思う本

これまで色々な本を読みましたが、時間をかけて読んで本当によかったと思っている本は歴史の本です。

20代後半から40代まで歴史的事実に関心を持ちました。
当時三十数巻あるいは二十数巻の「日本の歴史」、「世界の歴史」が文庫本の形で出版されていました。
これは携帯に便利ですからいつも鞄に1冊入れて、電車の中でもどこでも暇があれば読んでいました。
本当に事実は小説より奇なりと思って読みふけりました。
「日本の歴史」を読み終えると「世界の歴史」、「世界の歴史」を読み終えると「日本の歴史」と繰り返し倦むことなく読み続けました。
大昔から現在まで世界の歴史や日本の歴史を通して勉強することは大局観を養うのに有益と思われます。

専門家の場合ですが、たとえば技術者は技術開発が自分の仕事と考えるだけでは問題を起こす場合があります。
大昔から現在までの技術史を勉強し、各技術が人類に与えたいい面と悪い面を歴史的に理解しておくと、環境アセスメントなどの技術評価をある程度自分でできるようになると思います。

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2005.01.27

読書

小学生の頃、家は非常に貧乏で本を買うことができませんでした。
読んだ本と言えば学校の教科書程度でした。

中学に入ってからだと思いますが、父の友人(町の小さな本屋)が、肺結核で亡くなり、倒産してしまいました。
すると父が、遺族が処分するというのでもらってきたと言って大量の本を家に持ってきました。
戦中、戦後の本でしたから紙がわら半紙の本ばかりでした。

父は、肺結核になるといけないと言って、本を庭中に広げて日光に曝して殺菌していました。
当時は肺結核を非常に恐れ、本でも伝染すると考えていました。

一気に家の中が本だらけになりました。
それはもう嬉しくて読めそうな本は片っ端から読みました。
ルビがふってある講談物などは夢中になって読みました。
むずかしい本は読み始めては意味不明で投げ出していました。

むずかしい本の中に文語で翻訳された漢字がいっぱいのトルストイの戦争と平和がありました。
数度の挑戦と失敗の後、高校時代にやっと読み終え、意味が多少わかったとき感動しました。
この戦争と平和のおかげで、ボリュームの大きい本を読むことにすっかり慣れてしまいました。

当時ギボンのローマ帝国衰亡史はボリュームが大きくて読了する人が少ないと言われていました。
これは20代のとき夢中になって読みましたが、戦争と平和のおかげで読むのは楽でした。
なんだこの程度のボリュームと思いました。
こうして読書の習慣は50代まで続きました。

しかし61才のとき病院で死ぬ生きると悩んだときこれからの人生は読書ではないと思いました。
死につつある人でもできることが大切と思いました。
そして今はすっかり本を読まなくなりました。

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2005.01.26

ブログの検索

プロバイダの中にはそのブログでニフティのブログも含めて広くブログを検索してくれるところがあります。
たとえばプロバイダ順位一番と言われるOCNのブログはその一つです。

そこで自分のブログの制作はニフティで行い、関心あるキーワードでの検索はたとえばOCNのブログで行なうようにします。
するとほかの方々のブログを日本規模で楽しむことができるようになります。

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2005.01.25

精神の奥深いところ

精神全体を海に浮かぶ氷山としましょう。
自我は、海の上の見える部分にすぎないと思います。
大部分は海面下にあり、見えません。

自我については心理学や精神科学が進歩し、多くの研究成果が発表されています。
神経科学との関連付けも積極的に行なわれています。

研究方法があり、わかりやすいところから学問が進むことは当然です。
しかしそろそろ私達は精神の奥深いところ(精神本体)を研究すべき時を迎えています。

残念ながら研究方法が乏しいのが現状です。
自我が精神本体から出てくる情報を観察する方法がありますが、自我にはその情報を明解に識別理解する力がありません。
何かを感じたという程度です。

感性鋭い人が神が言ったと言って語る言葉のような明解な情報が来ているとは思えません。
自我の働きがさらに研究されれば、いわゆる「神の言葉」の本質も明らかになるでしょう。
そして精神本体の働きがちょっと理解できるようになるでしょう。

自我と協働する精神本体については自我の研究の延長線上で多少研究できそうです。
しかし自我が作動していない状態での精神本体の活動は観察する方法が一段とむずかしくなります。
他人である研究者が被検者の精神本体から出てくる何らかの情報を感知することは果たしてできるでしょうか。

被検者の肉体的変化、神経系の変化を測定することは可能でしょう。
しかしその変化が精神的にはどのような働きを意味するのか翻訳する作業は非常にむずかしいと思います。

いずれにしても精神本体という仮説のもとに自我の働きだけでは理解できない精神の働きに科学が挑戦することは有益なことと思います。

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2005.01.23

63億人

世界の人口63億人は地球にとって負荷が大きいと思います。
昔のように奪い合うことになったら殺し合いになり大変です。

対策として二つあります。
1. 人口を減らす。
2. 技術革新を行なう。

1の方法は、先進国において一人の女性が産む子の数が2より低いという事実から、大半の国を先進国並にすれば実現できるかもしれません。
しかし大半の国が先進国並みになるまで人口は増え続けることになり、その間、地球がもつか疑問です。

人口増加中の国の政府が一人っ子政策をとるという方法があります。
しかし二人以上産んだ親や二人目以上の子に差別を行なうと、人の命の軽視という深刻な問題を起こすでしょう。

やはり2の方法が重要です。

食料が大きな問題ですから食料で考えてみましょう。
昔は自然の生物をとって食べていましたが、今は生物を増やして食べています。
この生物を増やして食べる方法は、まだまだ技術開発の余地があります。
生物の可食部を増やす方法があります。
増やす土地・場所についても開発の余地があります。
たとえば不毛と呼ばれる砂漠も利用可能です。

生物組織を培養して食べる方法があります。
ほとんどの方が培養組織を食べるなんて気味が悪いと思われるでしょう。
今すぐ培養組織を食べる訳ではありません。
生物を増やして食べる方法で食料不足になったらこの技術を応用すればいいでしょう。

今後も技術革新は可能です。

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2005.01.21

留学生に日本語による話し合いの場を

私は国際交流ボランティアです。
主に大学の留学生と交流しています。
日本語による話し合いを重視しています。

日本に来ている留学生は日本語を勉強したいと思っていますから、日本語で交流可能です。
日本語ができない留学生でも日本語で交流可能です。
話し合いの内容を簡単にするだけです。
留学生の方は一生懸命日本語を勉強していますからどんどん日本語による話し合いが上手になります。

折角日本に来ても日本人と交流が少ない留学生は日本語で話し合えるようになりません。
日本語の背景にある日本人とか日本を知らないと日本語で話し合うことができません。

日本で買い物ができるとか旅行できるというレベルから、日本語で情報・知識の交換ができるというレベルに上がったとき留学生が感じる成就感、満足感は非常に大きいものがあります。

留学生を受け入れている大学は多いのですが、日本語による話し合いの場を提供できている大学は少ないと思います。
留学生に日本語による話し合いの場を提供するシステムの拡充が望ましいと思います。

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2005.01.18

コピーも大切

日本での生活が思うようにならなくていらいらしていたのでしょう。
ある貧しい国から来た中堅の男性が、日本はコピー(模倣)するだけで独自の考えがないと日本を批判し始めました。
日本については確かにそのような問題があると思いました。
しかし彼は自国の貧しさをどうするのかと思いました。

そこで、私は、自分は独創力がなかったので、世界から知識をコピーし、今は言いたいことを言い、やりたいことをやっていると彼に話しました。
すると彼は、はっとしたような顔をして、わかりましたと言って帰っていきました。

コピーでもいいから改善した方がいいと思います。
コピーするという言葉が嫌なら、学ぶという言葉を使うといいと思います。

すべての人が創造力がある必要はありません。
世界の中から創造力のある人を探してその人から学ぶことだって素晴らしいことです。
貧しい国の人は、富んでいる国の批判ではなく、自国の貧しさをどうやって解決するか考えた方が賢明です。

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2005.01.13

空を見る

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横浜舞岡公園別景

子供の頃、私の部屋は2階にありました。
目の前に1階の屋根があって、その屋根から1本のヒノキに乗り移り、登ることができました。
部屋にいるのがいやになると、そのヒノキのてっぺんに登りました。
てっぺんには腰掛けるのにちょうどいい枝がありました。

そこに腰掛けて飽くことなく昼も夜も空を見ていました。
この木の上で私は物語をつくりました。
その物語の中では私はいろいろな所で空を見ていました。

田舎の子供が木の上で作った物語ですから単純です。
その後の人生はその物語が実現したようなものでした。
単調な人生であったのに妙に成就感を感じています。

山に登って空を見ても、海に行って空を見ても、就職して東京の高層ビルの窓際にたって空を見ても、自宅の2階のベランダに立って空を見ても、外国へ行って空を見ても、病院のベッドで空を見ても、どこへ行って空を見ても、ああ、子供のときつくった物語が実現したと感じてしまいます。
不思議な感覚です。

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2005.01.11

名称の変更

ブログの名称を「写真紀行」としてきましたが、このたび「心の旅紀行」と変更しました。
次第に旅行することが少なくなっており、心の旅に関心が向くようになってきました。
そこでブログでは、感じたこと、思ったことを自由に書いてみたいと思います。
時々写真をのせて紀行も書いてみたいと思います。

5日から8日まで東京、横浜で色々な国の方とお会いし、新年の挨拶も兼ねて、種々の問題について話し合いました。
外国には日本ではちょっと想像できない問題があります。
恐らく外国の方は、日本ではそんなことが問題になるのかと思ったことでしょう。
私は、在日外国人の方々とできるだけ深い情報交換をしたいと思っています。

今年1月はタイに行き、バンコクにいる友人を訪問する予定でしたが、この予定を変更し、日本での活動に注力することにしました。

それでは今後ともよろしく。

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2005.01.01

新年のご挨拶

niwatori

明けましておめでとうございます。
昨年12月に初めてブログ(Web Log)をつくりました。
ブログの名称を写真紀行としましたが、私は写真家でも紀行家でもありません。
写真紀行としたことは失敗であったかもしれません。
写真なしの場合もあるかと思いますがご容赦下さい。

旅行に行く回数が急速に減っています。
思考の変化が大きく影響しています。
これまでは外を見ることに強い関心を持っていました。
最近は心の中、心の奥底、心の裏に関心を持つようになりました。
また、心の中に大きな世界をつくることが面白いと思うようになりました。

昨年は、政府の合理化や外交の不調、子殺し、親殺しなどの驚くべき犯罪、加えて大規模な自然災害の多発など暗いニュースが続きました。
自然の猛威が来るのはしょうがないとしても、人の心の貧しさが原因となる問題は減らしたいものです。
思考を変えることで人が引き起こす問題は減らせるとの信念で新年の歩みを始めたいと思います。

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