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2005.01.27

読書

小学生の頃、家は非常に貧乏で本を買うことができませんでした。
読んだ本と言えば学校の教科書程度でした。

中学に入ってからだと思いますが、父の友人(町の小さな本屋)が、肺結核で亡くなり、倒産してしまいました。
すると父が、遺族が処分するというのでもらってきたと言って大量の本を家に持ってきました。
戦中、戦後の本でしたから紙がわら半紙の本ばかりでした。

父は、肺結核になるといけないと言って、本を庭中に広げて日光に曝して殺菌していました。
当時は肺結核を非常に恐れ、本でも伝染すると考えていました。

一気に家の中が本だらけになりました。
それはもう嬉しくて読めそうな本は片っ端から読みました。
ルビがふってある講談物などは夢中になって読みました。
むずかしい本は読み始めては意味不明で投げ出していました。

むずかしい本の中に文語で翻訳された漢字がいっぱいのトルストイの戦争と平和がありました。
数度の挑戦と失敗の後、高校時代にやっと読み終え、意味が多少わかったとき感動しました。
この戦争と平和のおかげで、ボリュームの大きい本を読むことにすっかり慣れてしまいました。

当時ギボンのローマ帝国衰亡史はボリュームが大きくて読了する人が少ないと言われていました。
これは20代のとき夢中になって読みましたが、戦争と平和のおかげで読むのは楽でした。
なんだこの程度のボリュームと思いました。
こうして読書の習慣は50代まで続きました。

しかし61才のとき病院で死ぬ生きると悩んだときこれからの人生は読書ではないと思いました。
死につつある人でもできることが大切と思いました。
そして今はすっかり本を読まなくなりました。

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