« 2005年7月 | トップページ | 2005年9月 »

2005.08.26

独立と自由

himehimawari

子は通常20才前後で親から独立し、自由に生きます。

ところがキリスト教、イスラム教などの神の信者は、神から独立したくない、自由になりたくないという感じです。
折角独立して自由に生きることができるのにどうしたのでしょうか。
自分で考えて生きると罪を犯すと恐れているのでしょうか。

確かに自分で考えて生きると罪を犯す場合もあります。
しかし犯さない場合もあります。

神の信者でなくても、罪に苦悩することなく、明るく楽しく生き生きと生きている人は無数にいます。
戦争、テロなど最近の神の信者の行動を見ると、神の信者の方がはるかに問題ではないかとの印象を受けます。

歴史を見ると、近世、人類は神を捨て、ヒューマニズムをとってきました。
神を捨ててきた理由は、神の信者であると、不自由で、暗い因習に苦しんだからではないでしょうか。
自由な発想をすることができず、種々の問題を解決できなかったからではないでしょうか。

ヒューマニズムでもいろいろな問題が発生しますが、だからと言って、人類は神をとる方向には行かないのではないでしょうか。
今一見神の信者が増える方向のように見えますが、長い目で見れば波を打ちながら神の信者は減っていくのではないかと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.22

成年後見(せいねんこうけん)制度について

sirayuri
タカサゴユリというと聞きましたが、繁殖力が強く、どんどん増えています。

認知症、知的障害、精神障害などの理由で判断能力が不十分な人は、財産が管理できない、病院や福祉施設が利用できない、悪徳商法の被害にあいやすいなどの問題があります。
このような判断能力の不十分な人を保護し、支援するのに成年後見制度があります。

日本は核家族化が進み、判断能力が衰えた独り暮らしの老人が増えつつあります。
ところが折角成年後見制度があってもこの制度の利用の仕方がわからない老人の方が多いと思います。
現に私もどのような制度かと勉強しているところです。

信用ある後見人等が十分いるかどうかという問題があります。
老人の財産管理の場合は後見人等の信用が非常に重要です。

はたして老人と後見人等との間に信頼関係が生まれるかという問題があります。
老人は個性が強調されて出てきやすいと思いますが、不信が強く出る場合があります。

成年後見制度を普及した方がいいと思いますが、起こるであろう諸問題を考えると考え込んでしまいます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.16

信者は心が大きい?

sotetu

宗教がきっかけになって性格や思考が変わった人は多いと思います。
つまり宗教には性格や思考を変える効果があります。

別に宗教だけが性格などを変える効果を持っている訳ではありません。
しかし自分の性格などに悩んでいた人は、性格などが変わったということは感動的なことです。
無条件できっかけになった宗教を信じやすいものです。
その宗教は真実であるとか、絶対であると思いやすいものです。

その思い込みがよいことばかりかというと、そうでもありません。
その人の人生に何らかの悪影響を与えることがあります。

信者は、実はその宗教を信じ、思考の自由を失います。
したがって、できたのにやらなかったとか、やった方がよかったのにやらなかったとか、やらなくてよいのにやったというようなことが起こります。

宗教熱心ですから周りの人々に布教します。
もちろん布教されても迷惑と思わない人はいます。
しかし多くの人々が迷惑と感じます。
繰り返し繰り返しその宗教を信ぜよと聞かされたりします。
いらないと言うのにしつこく宗教雑誌を送られたりします。

宗教がきっかけになって悪い性格などがよい方向に変わることはよいことです。
問題はどうすればその宗教の本質を知ることができるかということです。
宗教の持つ方便性を知ることができるかということです。

性格などが変わったのだからそれでいい、宗教の本質などは知る必要はないと思うかもしれません。
しかし信者といえども宗教の本質は勉強した方がいいと思います。

信者は、人によって信じる宗教が異なること、無宗教の人もいることがわかると、もうちょっと大きい心で他宗教信者や未信者に接することができるのではないでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.10

神の本質

hana1

神が目に見えるものであれ、見えないものであれ、神を信じ、神に主体性があると感じる状態が信仰心だと思います。
自分は神に動かされていると感じますから信者は、自我は作動していないと思います。

それでは神に動かされていると感じる主体は何でしょうか。
これは明らかに自我です。
本当に無我であれば、神に動かされているとは感じません。
したがって神を信じると言う人は自我が作動しています。

次に神とは何か、神は何をせよと教えているかと信者にきくと、信者の答えは千差万別です。
もし神が一つとすると、神は信者ごとに姿を変え、教えを変えるということになります。

そうではないとすると、信者ごとに別々の神がいることになります。

この問題を説明するのは至って簡単です。
信者は反対しますが、信者が想像する神が神であると考えれば解決できます。

自我は、神を想像し、その神が自分とは別に存在すると思い、その神に主体性を置くことができるという特技を持っています。
信仰の歴史は非常に長いものです。
人類は信仰の効果を経験してきました。
長い信仰の歴史の中で人類はこの特技を身につけたと思います。

神を信じると、力を感じます。
心が安定します。
決断が早くなります。
実行力が大きくなります。

したがって教えが悪い神を信じるととんでもない悪人になります。
この現象は神の本質をよく説明していると思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.05

本箱

nitinitiso
日々草

昔知人が新品同様の小さな本箱を捨てるからもらってくれと言ってきました。
収納場所がなくて困っていた本があったのでもらいました。
ところが本箱は小さいどころか、高さ180cm、間口90cmもある立派で大きな本箱でした。
もらった手前、返すことができなくて使ってきました。

しかし最近横浜でちょっと大きな地震があったとき、この本箱は大地震で倒れると思い、とうとう決心して横浜市の粗大ごみ受付センターに依頼して持っていってもらうことにしました。
ところが取りにきた人は立派な本箱を情け容赦なく破壊してもっていきました。
もったいないことをした、本箱をつくった人、そしてくれた知人に申し訳ないことをしたという思いに襲われました。

本箱は、天井、壁、床と一体になったつくりつけのものがいいですね。
私は本箱は最初から大工さんにつくりつけてもらいました。
家が崩れない限り、地震が来ても、本は落ちるかもしれませんが、本箱が倒れることはないと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年7月 | トップページ | 2005年9月 »