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2005.08.10

神の本質

hana1

神が目に見えるものであれ、見えないものであれ、神を信じ、神に主体性があると感じる状態が信仰心だと思います。
自分は神に動かされていると感じますから信者は、自我は作動していないと思います。

それでは神に動かされていると感じる主体は何でしょうか。
これは明らかに自我です。
本当に無我であれば、神に動かされているとは感じません。
したがって神を信じると言う人は自我が作動しています。

次に神とは何か、神は何をせよと教えているかと信者にきくと、信者の答えは千差万別です。
もし神が一つとすると、神は信者ごとに姿を変え、教えを変えるということになります。

そうではないとすると、信者ごとに別々の神がいることになります。

この問題を説明するのは至って簡単です。
信者は反対しますが、信者が想像する神が神であると考えれば解決できます。

自我は、神を想像し、その神が自分とは別に存在すると思い、その神に主体性を置くことができるという特技を持っています。
信仰の歴史は非常に長いものです。
人類は信仰の効果を経験してきました。
長い信仰の歴史の中で人類はこの特技を身につけたと思います。

神を信じると、力を感じます。
心が安定します。
決断が早くなります。
実行力が大きくなります。

したがって教えが悪い神を信じるととんでもない悪人になります。
この現象は神の本質をよく説明していると思います。

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