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2005.09.29

shureigiku
シュウメイギク

霊を見たり、霊の声を聞くという経験は、私の場合は子供のときが多かったような気がします。
学校の先生などから迷信が原因だと教えられても、なかなか心の働きにすぎないとは思えませんでした。

ところが小学校高学年ぐらいから何故か理科の先生に愛されるようになって理科の知識が増すにしたがって現象を科学的に考える習慣が次第に身につき、見えたり、声が聞こえたりする霊はうそと思うようになりました。
すると面白いもので、霊を見たり、霊の声を聞くことがどんどん減りました。

現在は高年ですが、まったく経験しません。
としと共に感性が鈍ったせいかもしれませんが、霊は見えないとか、霊の声は聞こえないという思いの影響が大きいように思います。

テレビなどで霊能者がもてはやされていますので、霊を見たり、霊の声を聞いたりすることは特別の能力と思いがちですがそのようなことはないと思います。
霊を見たりしなくても明るく生き生きと生きている人は無数にいます。
恐らく霊を見たりしない人の方が多いのではないでしょうか。

ところで、霊を見た、霊の声を聞いたと言う人の中には、恐れおののいたり、変なことを言って他人を苦しめる人がいます。
霊は見える、霊の声は聞こえると信じてもいいのですが、自分や他人を苦しめたり、誤って導いたりしないように注意する必要があります。

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2005.09.24

人の命と自我の二人三脚

hana5

神仏を信じていると言う人が、経済制裁する、戦争すると叫び、人の命を軽視しています。
神仏とはいったい何でしょうか。

人が単に力を求める対象でしょうか。
神仏の愛とか慈悲は虚飾でしょうか。

もし現代は神仏の時代ではないと言うなら、新しい世界共通の価値観を探した方がいいと思います。
その価値観のもと人々が協力し合える、そういう価値観を見つけることができるといいと思います。

私は、数十億年(?)続いてきた人の命を重視し、さらには信じています。
人の命は、自我の善し悪し関係なく、すべての人を生かし、自我を助けています。
その自我が人の命を軽視するなんてとんでもないことです。

自我が持つ感性と知性を生かして人の命がさらに未来に続くように人の命に協力してこそ自我はその役割を果たしたことになります。
人生とは、人の命と自我の二人三脚です。

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2005.09.20

自分の存在が肯定されていると感じる世界が重要

hana6

人は一度悪い考えを持つとなかなかその考えを捨てることができません。
しかし周りの人がその人について肯定的であり続けるならば次第に悪い考えが小さくなる可能性があります。

しかし周りの人が肯定すべきは、その人の存在であって、決してその人の悪い考えではありません。
何故なら悪い考えはその人や周りの人を不自由にし、その人のためにも周りの人のためにもなりません。
したがって悪い考えは否定されるべきです。

問題は、勢い余ってその人の存在まで否定することだと思います。
存在まで否定されるとその人は一段と反抗的になりもっと悪くなる恐れがあります。

現在国際テロが問題になっていますが、この問題に取り組んでいる強大国政府は、国際テロリストを殺して除去することが国際テロ対策と考えている節があります。
しかし国際テロリストになる人々は、強大国政府のせいで自分の存在が否定されていると思っている人が多いような気がします。
強大国政府が、彼らがそう思い込みやすい圧力を世界に加えていることは事実と思います。
とすると強大国政府は、自分で国際テロリストを生み、そして殺しているという子殺しのような罪を犯しているかもしれません。

昨日6か国協議で北朝鮮政府が核放棄を了承しました。
北朝鮮政府の存在について否定的であったアメリカのブッシュ政府が、国務長官がライス氏に代わってから、肯定的になったことが、いい方向に働いたと思います。

しかし北朝鮮政府が不信を捨て、本格的に軍備重視から経済・産業重視に政治を変えるのはまだまだ先のことと思われます。
北朝鮮政府は今の外交のやり方ですでに10年以上の時間をロスしたこと、またこれからも人々の生活水準の改善が遅れるということを認識していません。
悪い外交のやり方を変えることは容易ではないようです。

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2005.09.14

北朝鮮に関する新衆議院の考え

hana1

新衆議院議員に対してその考えを調べたところ、約2/3が北朝鮮に対する経済制裁に賛成しているとのデータがあります。
北朝鮮問題については新衆議院は前の衆議院と変わっていないようです。

衆議院議員といえば外交についても真剣に考えるべき立場にあります。
経済制裁に賛成した議員は、経済制裁した結果、拉致問題はどうなるか、日本はどうなるかとよく考えたでしょうか。
どうも感情的に判断しただけのような気がします。
日本の将来をよく考えたとは思えません。
新衆議院も信頼度は50%ぐらいということでしょうか。

私が経済制裁を疑問に思う理由は、

1. 経済制裁は無差別な罰で、拉致に関係していない北朝鮮の人々の命を軽視している。
2. 北朝鮮の人々は非常に貧しい。日本の経済制裁によって彼らの生活改善が遅れる。
3. 北朝鮮の人々は、反日感情を高め、反対に北朝鮮政府を支持する。北朝鮮政府の近代化が遅れる。
4. 中国、韓国など諸外国は北朝鮮との経済交流を深める方向にあり、日本の経済制裁はアジアでの日本の孤立化を深める。
5. 北朝鮮は、諸外国との経済交流に自信を深め、日本の経済制裁をそれほど恐れていない。
6. したがって日本の経済制裁で拉致問題を解決できるとは思えない。

北朝鮮政府と日本政府の関係は不信の関係です。
したがって反対に民間の経済交流、文化交流を深め、人々の間の信頼関係をまず改善し、もって両国の政治交流の改善を求めていくことが拉致問題解決に必要と思います。
新衆議院の姿勢は拉致問題解決を遅らせる方向に働くと思います。

なお戦前戦中日本が北朝鮮(朝鮮半島北部の人々)に加えた損害の賠償を先に行なわないと北朝鮮の日本に対する怒りは収まらないのではないかと思います。

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2005.09.10

政治の現状

借金を返せと言われたら借りて返す以外方法がないのが政府の現状です。
つまり政府の無駄づかいが許容範囲をこえています。

実質政府に貸しているのは老人です。
もし政府が老人に年金を払わないと老人は預貯金を下ろして生活します。
すると困るのは郵政公社や銀行です。
これらの金融機関の不良債権が大問題になります。

そこで自民党も民主党も老人が預貯金をおろさないようにするため、消費税率を上げて年金用のかねを確保したいと考えます。
しかし消費税率を上げると若い人々も老人も節約第一になり、消費に元気がなくなるでしょう。
すると生産が下がりますから若い人々の失業が大問題になります。
貧乏で生活できない人が増えれば犯罪が増えます。

今政府に求められることは断固として予算の無駄づかいを減らすことです。
そのためには各省庁の予算を毎年10%削減するくらいの思い切った合理化を6年ぐらい続ける必要があります。
合理化の方法は各省庁に考えさせるのがいいでしょう。
総理が上から合理化を叫んでも抵抗するだけで各省庁は自発的に何もやらないでしょう。

次に消費税重視の税制で社会が健全になるか再検討が必要です。
よい政治とは弱者を減らす政治でしょう。
人々が協力して社会を再建する雰囲気作りでしょう。
弱者が増えるような政治は悪政と思います。
事業の自由を認めつつ、事業の成功者からより多くの税金をいただき、弱者が普通になれる生きやすい社会作りに活用するのが政治の役割ではないでしょうか。

今日本に政治の目的を自覚しながら命がけで政府合理化に取り組む政治家がいるでしょうか。
もしいないとすると、今後いかに生きるかは私達が自分でよく考える必要があると思います。

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2005.09.03

防災の遅れ

howaitokurosu
ホワイトクロス

アメリカのニューオーリンズのハリケーンによる被害と救済の遅れを見ると、防災の遅れを痛感します。
これはニューオーリンズだけの問題ではないと思います。
日本でも防災の遅れという問題をかかえた地域や家は無数にあると思います。
危険を予測し、不安をかかえているのに、地方政府も人々も何も対策を講ぜず、みんな口だけで危険だ、危険だと言っている地域や家は無数にあるでしょう。

天災は非常にこわいが、みんなこわいと言っているだけで、家の強度を調べて建て替えたり、補強したり、ブロック塀を安全な塀にかえたり、屋根瓦をずり落ちない別の屋根材にかえた人はほとんどいないのではないでしょうか。
低地や、斜面の上端や途中や下端に住んでいる人は、水没、がけ崩れなどに巻き込まれる恐れがありますが、引越しをした人はどれくらいいるでしょうか。
地方政府は、安全のため、具体的な対策をはたして積極的に進めたでしょうか。

防災は政府が先、人々が先と言っているような小さな問題ではありません。
危険を感じた人が、どんどん決心をして何らかの対策を講じた方がいいと思います。
死んでから防災の遅れを問題にしても遅すぎます。

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