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2005.09.29

shureigiku
シュウメイギク

霊を見たり、霊の声を聞くという経験は、私の場合は子供のときが多かったような気がします。
学校の先生などから迷信が原因だと教えられても、なかなか心の働きにすぎないとは思えませんでした。

ところが小学校高学年ぐらいから何故か理科の先生に愛されるようになって理科の知識が増すにしたがって現象を科学的に考える習慣が次第に身につき、見えたり、声が聞こえたりする霊はうそと思うようになりました。
すると面白いもので、霊を見たり、霊の声を聞くことがどんどん減りました。

現在は高年ですが、まったく経験しません。
としと共に感性が鈍ったせいかもしれませんが、霊は見えないとか、霊の声は聞こえないという思いの影響が大きいように思います。

テレビなどで霊能者がもてはやされていますので、霊を見たり、霊の声を聞いたりすることは特別の能力と思いがちですがそのようなことはないと思います。
霊を見たりしなくても明るく生き生きと生きている人は無数にいます。
恐らく霊を見たりしない人の方が多いのではないでしょうか。

ところで、霊を見た、霊の声を聞いたと言う人の中には、恐れおののいたり、変なことを言って他人を苦しめる人がいます。
霊は見える、霊の声は聞こえると信じてもいいのですが、自分や他人を苦しめたり、誤って導いたりしないように注意する必要があります。

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