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2005.10.30

キャンベラ花祭り

canberra
キャンベラ花祭り

上の写真はオーストラリアの友人が送ってくれたものです。
9月中旬から10月中旬までキャンベラで花祭りがありました。
広大な公園がチューリップの花で埋められました。
寒いキャンベラの冬から解放された喜びの表現でしょう。

ところで、友人はオーストラリアに来いと言いますが、私はニュージーランドの方が好きです。
オーストラリア政府は、日本政府と似ていて、自分で調査しないで軽率にアメリカ政府のイラク戦争に協力しました。
隣国インドネシアとの仲も悪そうです。
人々の気持ちがアメリカやイギリスに近いのでしょう。
どこか治安に問題があります。

ニュージーランドは海に囲まれた自然の美しい国で、世界の中で政府は中立を重視しているようです。
経済はそれほどではありませんが人々は人の命と自然を愛しているように思います。
私は、日本も海に囲まれているのを利用し、中立を保ち、人の命と自然を愛する国であれと祈っています。
隣国から危険視されない国であれと祈っています。

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2005.10.29

自己矛盾を減らそう

koyo

日本政府は核軍縮を世界に主張しており、格好いいのですが、本音ではないと思います。
なぜなら、アメリカ軍が、2008年横須賀に原子力空母を配備することにしたと発表すると、日本政府は、防衛が強化されるので望ましいことだとの見解を述べました。

この日本政府の論理を外国政府に応用すると、外国政府が核兵器を持つことは、外国の防衛が強化されるので外国にとって望ましいことだということになります。

原子力空母は核爆弾のように直接的な核兵器ではありませんが、核兵器の一種と思います。
空母の原子炉破壊の確率はゼロではありません。
原子炉が破壊すれば放射性物質が拡散します。
放射能は人の命に対し極めて危険です。

日本政府は、自己矛盾があってなかなか世界から信用されないでしょう。

他人にやれと言っても、自分がやらないようでは説得力はありません。
自分がやっていることを主張するようにした方がいいと思います。

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2005.10.25

新聞購読を中止

hana2

世界平均と比較すると日本の一人当たり資源・エネルギー消費量は倍ぐらいだと思います。
すでに資源・エネルギーは不足していると言いますから、私達日本人は、省資源・省エネルギーには格段の工夫と努力が必要です。

前から気になっていたのが配達される新聞です。
朝刊と夕刊だけでもかなりの紙の量ですが、その上、大量のチラシが朝刊と一緒に配達されます。
1日500gぐらいでしょうか。
年間では実に200kgぐらいになると思います。

実はこの新聞もチラシも私はあまり見ていません。
新聞もチラシも表題を見る程度です。
そこで11月から購読中止にすることにしました。

事業や仕事や生活に情報は重要です。
しかし現代では情報源は多様化しています。

私はインターネットを活用しています。
新聞社のホームページも新聞と同じ情報が掲載されているので便利です。

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2005.10.22

日本国の象徴とは

象徴とは、見えないものを、それと何らかの意味において相通じる、見えるもので表したものです。
したがって日本国(以下日本と省略)の象徴と言った場合の日本は見えないものということになります。
このような抽象的概念の日本の象徴としては何がふさわしいでしょうか。

私は、日本というと、やはり海に囲まれた緑の島々と勤勉で改善好きな人々と品質のよい製品などを頭に浮かべます。
そこで海に囲まれた緑の島々は日本の象徴として特にふさわしいものだと思っています。
この象徴観は、恐らく大半の日本人が持っていると思います。

なお天皇が日本の象徴と考える人がいますが、実はこの象徴観は、敗戦直後、天皇の存在意義を考えたとき、天皇の存続が必要と考えた人々が苦肉の策で考え出した考えです。
憲法第1条に明記され、私達はそう教えられてきたので、天皇は何ですかと聞かれると、日本の象徴ですとつい口癖で言いますが、日本の象徴は何ですかと聞かれたら天皇ですとは言わないかもしれません。

天皇は法律に基づき厳重に仕事や生活が管理されています。
考えることは自由ですが、言動に自由はありません。
参政権はありません。
天皇は普通の日本人のように生きることができません。
私達とはほとんど関係のない特殊な世界に生きています。
つまり日本と相通じる点が少なくなっています。

したがって天皇は日本の象徴と言うと、日本について何も知らない人から見ると、何か日本が未だ非民主的で不自由な国という感じになるかもしれません。

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2005.10.19

「人の命」と一緒だから淋しくない

hana2

最近の日本の雰囲気を見るとどこか異様なものを感じます。
大半の人があっちに行くようになったら、あっちこっちせず、こっちに行った方がいいことが多いと思います。
群れて生きるのは不自由なことが多いし、人に合わせて無益有害なことをやることが多いからです。

しかしこっちに行くと一人しかいない場合があります。
一人っきりはやはり淋しいものです。
こういうときは「人の命」(Human Life)を感じながら行くとそれほど淋しくありません。
「人の命」は、日本語ではありませんが、感性が感じることができる信号を出しています。

ところで「人の命」を実体として感じることはむずかしいかもしれません。
私達は精神の外を見る習慣を持ったからです。
そこで「人の命」についてちょっと説明します。

人がウイルスのような状態であった時から数十億年(?)の気が遠くなるような時間をかけて精神が発達してきたことは何人も否定しないでしょう。
数百万年前から発達してきたと考えられる自我と区別して、私はこの精神を精神本体と呼び、さらに、これこそ人の命と思ったので、私は、精神本体を「人の命」と呼んでいます。

私達は宇宙を見ますが、地球の中は見ません。
地球の中で知っているのは地殻の表面部程度です。
しかし地殻は卵の殻のように薄いものです。
つまり私達は地球本体を知っていません。

同じように、私達は精神の外を見ますが、精神の中を見ません。
精神の中で知っているのは自我程度です。
しかし自我は精神の表層部にすぎません。
その下に厚い精神本体が隠されています。

精神本体については精神科学者もまだ説明できません。
100年後に説明できるようになるかどうかもわかりません。

でもちょっと考えてみてください。
この精神本体は無用の長物でしょうか。
実は人が生きる力ではないでしょうか。

もし精神の中に関心を持ち、心静かにその奥底をのぞくなら、そこに精神本体である「人の命」が脈動しているのを感じることができるでしょう。

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2005.10.18

迷惑な総理の個人的信仰

hana4

05.10.17再び小泉総理が靖国神社を参拝しました。

靖国神社が戦死者の霊は靖国神社に存在すると言っても戦死者の霊が靖国神社に存在する訳ではありません。
実は存在しません。
存在すると信じる人の心に、存在するという思いが存在しているだけです。

このような存在に対する総理の個人的信仰が、人々の憲法解釈の乱れや、隣国との政治、経済、文化の交流の妨げの原因になっているのは残念なことです。

総理の神社参拝は、憲法第20条第3項(国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない)に違反しています。
いかに総理が個人的に一般の信者と同じように参拝したと言っても、公用車を使って政府の護衛を何人も連れて参拝した訳ですから何人も総理が参拝したと思うでしょう。
その結果、政府が靖国神社を特別視している印象を与えます。
実際、彼以外にも靖国神社を特別視したい大臣や国会議員が大勢います。

総理が靖国神社の信者であることは別に問題ありません。
総理にも信教の自由があります。
しかし、総理である間は、他宗教信者や無宗教者に配慮して靖国神社参拝を控えるのが総理の常識です。
まして、隣国が怒っている訳ですから、隣国との関係を重視すべき総理としては参拝を控える配慮が必要です。

靖国神社の信者だけでなく、一般に宗教信者は、自分は正しいと思う傾向が強いと思います。
その結果、誰かが反対すると、どうして反対するのかわからないと言って反対者を否定します。
信者が総理の場合は、総理が反対者を否定した形になります。
否定された人が政治的に何らかの差別を受ける恐れがあります。
小泉総理の靖国神社参拝を違憲と判断した裁判官がこれまでに二人いますが、私は彼らが差別されなければいいがと心配しています。

総理の靖国神社参拝は一般の国民にとっても隣国の人々にとっても迷惑です。

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2005.10.17

アパート経営

cosmos

昔農業をやっていたが市街化が進んだため農地であった土地にアパートを建築してアパート経営をやる人が多いと思います。
住宅産業は定番のアパートを用意していますからアパートの建築は容易です。

しかしこの定番のアパートがどうもよく設計されているとは言えません。
住む人のことより、アパート経営者の気持ちを優先して設計していると思います。
階段が危険、物干し場が危険、DKが狭い、押入れや洋服ダンスが少ない、耐久性が乏しいなど定番のアパートは品質が悪いと思います。

一番の問題はアパート経営者がプロではないことではないでしょうか。
どうも安直にお金儲けを考えているように思います。
このようなアパート経営者は、アパートの維持管理にも不熱心で、結局経営は悪化します。

このようなしろうとアパート経営者のいいなりになり、アパート水準の目標を下げ、信用を落としている住宅産業も問題です。

少子化が進んでいる現在、空きアパートは増える一方ではないでしょうか。
とは言え、経済的理由などでアパートに入らざるをえない人はそれほど減っていないと思います。

アパート経営者もアパートを設計する住宅産業ももっとプロ意識を持って住む人に喜ばれるアパートを供給してもらいたいものです。

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2005.10.11

自衛隊を防災隊にしてはどうか

hana1

05.10.8のパキスタン北部の大地震でも、被災者は、パキスタン政府が助けに来てくれないと政府を批判しています。
しかし、自然災害が大きいとき政府が助けに来ないことは普通です。
手が回らないからです。

防災々々と言っている日本政府だって助けに来ません。
私の近くの消防署は、正直で、大地震のとき助けに行けないから、常日頃、個人や自治会は対策を考え、大地震が来たら住民が助け合って生き残りをはかってほしいと言っています。

現実はそうですが、それでは政府が自然災害対策を軽視していいかというと、決してそんなことはありません。
私は、自衛隊をもっと積極的に自然災害対策に活用した方がいいと思っています。
なぜなら日本が外国から攻撃される確率は低いが、自然災害を受ける確率は高いからです。
そこで自衛隊の名称を防災隊にかえて、最初から自然災害のときの出動を重要な任務とし、日頃準備と訓練を積んでおくと、日本の防災機能はかなり改善されると思います。

自衛隊こと防災隊が、外国が大きな自然災害を受けたとき、武器ではなく救助・復興機器資材を持って被災地にすぐとんで行くようになったら、外国は、喜び、安心し、日本に対する軍備を小さくするでしょう。
恐らく隊員も目的が戦争より防災の方が元気が出るでしょう。

それでは日本の防衛力が低下すると心配する人がいるでしょう。
そのようなことはないと思います。
防災に対する関心が高く人の命を重視する人の方が防衛を真剣に考えるでしょう。

過去の戦争の事例から考えて、戦争を目的とすると、人は、戦争に勝つことを重視し、敵を殺すこと、敵に有利な社会基盤を破壊することを考えるためどうしても人の命を軽視する傾向があります。
すると敵のみならず敵国の一般の人々やさらには自国の一般の人々の命まで軽視するようになり、防衛が正当でなくなる恐れがあります。

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2005.10.07

自分の問題の原因は自分にあることが多い

sb-hana

自分の問題の原因は、他人にあるのではなく、自分にあることが多いと思います。
同じように日本の問題の原因は、外国にあるのではなく、自国にあることが多いと思います。

概して日本の産業や文化は順調ですが、どうも政治は問題が多いと思います。
日本政府、国会、そして国民に問題はないかと考えないと解決することがむずかしいことが多いのではないでしょうか。

アメリカの問題で説明しましょう。
アメリカは01.9.11同時多発テロを受けました。
アメリカ政府は、テロの原因はアフガニスタンやイラクにあると考えました。
そこでこれらの国を攻撃してテロの原因と思った政府や組織を破壊しました。

ところが01.9.11から4年以上たった今、アメリカは、反アメリカ感情が拡大していることを感じています。
01.9.11以前からあった反アメリカ感情が同時多発テロの原因であり、その感情と同質の反アメリカ感情が増えつつあることに驚いています。
アメリカが経済力や軍事力で世界に押し付けてきた価値観が反アメリカ感情の原因であることが次第にわかってきました。
同時多発テロの原因はアメリカにあった訳です。

日本は、アメリカの失敗をよく勉強し、日本の政治問題の原因を安易に外国にあるとしないことが大切と思います。
どうも政府や国会は、外国に原因ありと強調し、国民の批判を外国に向けている感じがします。
まず自国を批判することができないと問題の本質を見失うことが多いと思います。

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2005.10.01

国勢調査

hana5
クジャクソウ

今日は、今日現在、国内に住んでいるすべての人を対象に行うという国勢調査の日です。
かねをかけた記入のしかたの説明資料をつくり、調査員が一軒々々回って配りました。

しかし調査員が行っても不在の家は多かったのではないでしょうか。
昼も夜も外に働きに出ており誰もいない家が多かったのではないでしょうか。
行っても行っても不在だったら調査員はどうするのでしょうか。
調査票の回収率はどれぐらいになるのでしょうか。

調査内容は貧困だと思いました。
これで国勢がわかるか疑問です。

仕事とは収入を伴う仕事をいうという定義ですが、収入を伴う仕事として例示されたものは古典的な仕事ばかりで、投資・投機など近年急速に大きくなり話題になっている仕事の例示がありません。
例示がないから書かないでおこうという人が多いのではないでしょうか。

NGO活動、ボランティア活動などは国勢を把握する上で重要な仕事です。
収入を伴う仕事が仕事という認識は古い認識ではないでしょうか。

現代には現代に合った国勢調査が必要です。
統計法があるからやるというだけでは税金の無駄使いです。
政府は、実質破綻しているというのに、問題意識が乏しいというか、危機感がないというか、残念な国勢調査です。

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