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2005.11.27

戦死者追悼施設の新設は無用

maiokakoen2
舞岡公園(横浜)の林

いつまでたっても総理の靖国神社参拝問題が解決しません。
国会も政府も優柔不断です。
国民の考えも二分された感じです。
私は次のように考えています。

靖国神社に参拝しない人は大勢います。
総理大臣が靖国神社に参拝すると、人々は、国民だったら参拝するのが当たり前と言われているように感じるでしょう。
総理は、参拝しない人々にも配慮して総理である間は参拝を控えるのが常識でしょう。

戦死者追悼施設を新たに建設する案がありますが形式的すぎます。
だいいち歴史のある靖国神社を否定することはできないでしょう。

戦死者追悼施設として靖国神社を公認する方法がありますが、靖国神社は神道ですから不可能です。
宗教を問わない施設にすることは信者が反対します。
隣国の人々から批判されているA級戦犯合祀問題の解決もできません。

毎年終戦記念日に政府は戦没者追悼式典を武道館で行なってきました。
常設の追悼施設がなくても追悼ができることは明らかです。
政府の行事としてはこれで十分です。

総理の靖国神社参拝問題は、総理が憲法を尊重して参拝をやめればすむことです。
しかし、信念になっているか、何か有力な団体と約束しているか、政治的意図があるとやめることができないでしょう。
とすると、すでに憲法違反という判例がありますから、参拝をやめない総理は総理に向いていないということになります。

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