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2005.12.01

自我は未完成だが必要

nerine
ネリネまたの名はダイヤモンドリリー

よく自我(エゴ)を悪いものと考える人がいます。
しかし自我は必要なものであって、自我が発達したから人類は生きていると思います。

動物的な原始的精神(精神本体)だけでは人類は滅びる確率が高かったと思います。
幸い精神本体上に自我が発達して自我が情報を集めて生きる方法を考えるようになったから人類は飛躍的に滅びる確率を下げたのではないでしょうか。

つまり自我は精神本体のやりすぎを押さえ、その不備を補っていると考えます。
精神本体と自我は対をなしていると思います。
自我の重要な機能は情報を集めて生きる方法を考えることだと思います。

したがって、自我が精神本体と対立しているように見える面があることは決して不自然なことではないと思います。
逆に自我が正常に作動している証拠だと思います。
自我が精神本体に従順すぎたら精神本体の動物性が強調され、人類の滅亡は加速したでしょう。

しかし自我は発達したと言っても未完成で、いろいろな問題点を持っています。
神経系に欠陥がありますと、精神本体からの信号や外からの信号に対し釣合いのとれた情報処理ができない場合があります。
また神経系に異常がなくても、育った環境などが原因で誤った習慣や知識を蓄積すると、普通の環境で自我が正常に作動しなくなる場合があります。
すると精神本体を制御し補充するどころか、暴走する場合があります。

自我の不完全性が実生活の中で結構目立ちますので自我を悪者扱いする人が多いのではないでしょうか。

自動車で言えば精神本体はエンジン、自我は運転手のような役割を分担していると思います。
運転が悪ければ自動車は危険なものになるでしょう。
人生とは精神本体と自我の二人三脚です。

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