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2006.01.19

他人の非を責めても自分の非が許されることはない

ある利用無料のボランティアサロンでボランティアしか使えない机と椅子をボランティアではない青年グループが使っていて管理責任者から注意されました。
するとその中の一人の青年が、規則違反をやっている人ならほかにもいる、なぜ私達だけが注意されたのか、ほかの人が規則違反していないか調べたかと管理責任者に食いさがりました。

そう言われるとそのとおりという面があったようで管理責任者は途方にくれ、とうとう青年と一緒に各机を回って利用者がボランティアかどうか聞くことにしました。

しかし最初の机で青年は一人のボランティアから厳しく叱られました。
同じようにみんなから叱られるのはたまらないと思ったのでしょう、青年は聞いて回ることをやめました。

仮に規則違反者がほかにいたとしても、そして管理責任者の不公平を証明できたとしても、自分の違反は違反です。

他人のことはさておき、まず自分の非を認め、自分を正すことができないようでは社会性があるとは言えません。
あっちで注意され、こっちで叱られます。
社会の中で楽しく生きることはむずかしいでしょう。

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