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2006.01.27

宗教団体の経営

友人の中に僧になる資格を持った人がいます。
お祖父さんが高僧で、その人から教えを受けたそうです。

お父さんもある大寺の住職だったそうです。
しかし何故か彼はお父さんのお話をしません。
彼は普通の大学に行き、普通の会社に就職しました。

そして定年で会社を退職しました。
すると空いている寺があるから住職になってくれという依頼が宗教団体から来たそうです。
しかし友人は断ったそうです。

友人はよく宗教のお話しをしますから宗教が嫌いのようではありません。
住職が嫌いのようです。
住職にならない理由として彼が話してくれたことは次のようなことです。

1. お兄さんが宗教団体の事務系幹部とのことですが、団体の収益の心配ばかりしているそうです。
2. 住職になると、寺の収益が心配で、宗教と住職の言動が矛盾することがあるそうです。
(友人は純粋な人ですからこの問題でお父さんとぶつかったのではないかと想像しています。)

ガウタマ・シッダールタ(シャカ)は食べ物について乞食(こつじき)を教えたそうです。
食を乞うとありますが、別に乞わないそうです。

僧が家々をまわると人々の方から食べ物をくれるそうです。
僧はあまり生活の心配をしないか、する必要がありません。

どこにいても誰かが食べ物を持ってきてくれる。
家を訪問するとその家の人が食べ物を出してくれる。

つまり僧と人々の間には暗黙の契約が成り立っており、僧は人々に教え、人々は僧の生活の面倒を見るようです。
僧は生活の心配をせず、宗教を修学するようです。

私が育った静岡県西部は、ある仏教宗派の寺が非常に多いところです。
聞くところによると中世政治が乱れ農業が荒廃した時、この宗派の僧が、献身的に人々に生き方や農業改善を教え、民生を安定化させたそうです。
人々は感謝して僧の生活を支えたそうです。
こうして寺が増えたそうです。

現代ではこのような関係が希薄になりつつあるように思います。

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