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2006.02.08

正座と坐禅

昔は正座が行儀作法でしたから、私は子供の頃しょっちゅうつらい思いをしていました。
たとえば食事も正座でしたから本当に参りました。
足または関節の構造に問題があって正座をするとすぐ足が痛くなったからです。

特につらかったのは、悪いことをしてその度に父から長時間叱られたことです。
お説教より、畳の上に長時間正座させられたことが厳しい罰でした。

法事も正座でしたからお坊さんの読経も父のお説教と同じぐらいつらいものでした。

子供の頃は坐禅(座禅)とは正座と思っていました。
坐禅という修行は難行苦行と想像していました。
ですからその修行を終えたお坊さんはすごいと思っていました。

あるときある禅宗の総本山に行きました。
そこで初めて坐禅の形と坐禅用の座布団を知ったとき、何だ、何だ、お坊さんはずいぶんずるをしていると思いました。

この禅寺で坐禅とは難行苦行ではないことを学びました。
そうだったのかと思いましたが、その時はちょっとがっかりしました。
修行とは難行苦行であるという思い込みがあったのでしょう。

私は坐禅の習慣はありませんが、安定した姿勢で瞑想することが好きです。
仰向けに平らに寝る、背を垂直にして胡坐(あぐら)をかく、背を垂直にして椅子に座る(腰掛ける)などの姿勢です。
手足の形、静止、動きは別に気にしません。
ゆっくりと静かに呼吸しながらよく瞑想にふけります。
何か心も体もとてもゆったりとし、落ち着き、すべてが均質になったような感じがします。
大自然の中にいるときは大自然と一体になったような気持ちになります。

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