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2006.03.01

友情

yugawara
湯河原梅園

小学校からの友人がいます。
友人は体が大きい人でした。
私は小さかったので大小変な組合せでした。
いつも一緒に遊んでいました。

中学校の時は騎馬戦で彼が馬、私が騎手で不敗のコンビでした。
スウェーデン牧師の家に英語を勉強に行きましたが、彼と一緒に行きました。
ここでちょっと行動に違いがでてきました。

彼はキリスト教を嫌がって英語の勉強をやめてしまいました。
私は、キリスト教は変わっていると思いましたが、特に嫌いということはありませんでしたので彼よりは英語の勉強を続けました。

私は社会人になってまもなくキリスト教信者になり、彼にもキリスト教を説くようになりました。
彼は反対に心理学の本を送ってきて、キリスト教を否定しました。
それではそれぞれ自由に行こうということになり、友人との情報交換がとだえました。

それから長い年月がたち、50代になり、私がキリスト教の限界を感じ、やがてキリスト教から解放されたので、友人忘れがたく、彼に手紙を書きました。
昔はキリスト教を説きすぎた、赦してほしい、今は心理学も勉強している、自由の身になったからお付き合いしたいと書きました。

すると、彼から、私こそよろしく、私はキリスト教信者である、今は苦悩から解放され、教会活動をやっている、人々にキリスト教を説いていると書いた手紙が届き、キリスト教雑誌が同封されていました。
えっ、と思いました。

驚きながらも、お互いどうして思想が変わってしまったか情報交換し、友人に起こったこと、そして心の変化を知りました。
私は現在の思想を彼に説明しましたが、今度は彼の信仰を尊重しています。
彼も私の思想を尊重しています。
思想は千差万別だからです。
友人(の命)を愛することで十分だからです。

彼は私の体を心配していろいろと健康法を教えてくれます。
私はパソコンのプロではありませんが、彼はパソコンでトラブルと、すぐ私に電話をかけてきます。

友情は、子供のころからなんにも変わらないと思います。
友情は思想の違いでは消えません。

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