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2006.04.29

自然林は地球環境保全のとりで

Maiokahayasi
横浜の舞岡公園 自然林が残っている美しい公園です。

私は天竜川の近くで育ちました。
自然林が大好きで子供の時からよく山林を歩きました。
土地の人は、私を見かけると、迷わないか、怖くないかとよく声をかけてくれました。
大学時代は、山奥のお寺に泊めてもらったり、テントをかついだりして山に分け入りました。
今でも自然林が大好きです。

国連食糧農業機関(FAO)アジア太平洋地域事務所(バンコク)は、06年4月13日、アジア・太平洋地域の森林の現状について1990年代の減少傾向から転じ、2000年以降年平均60万ha以上増加しつつあるとの調査結果を発表しました。
意外に思いましたが、中国は、植林が活発で、年平均400万ha以上増えているそうです。

しかし、実は自然林の減少が大問題だそうです。
特に巨樹は環境センサーだそうです。
長い年月をかけて大地に根を張り、大地を枝葉で覆い、地球環境を保持してきました。
それなのに現代人は気楽に倒すそうです。
枯れても倒れても気にしないそうです。

植林は必要ですが、問題があることは、花粉症の例からもわかります。
同じ木を栽培の考えで広範囲に植えることは環境を変えることであり、人間やほかの生物を生きにくくすることであることがわかります。
植林すれば自然林を破壊してもいいということではありません。

政府は今いかに森林が危険な状態にあるか人々に知らせていません。
森林の専門家が問題提起をしますが、テレビ新聞雑誌はあまり取り上げません。

これまで政府は、収益を生まない森林を評価せず、開発を奨励しました。
先祖が大切に保全してきた森林を惜しげもなくゴルフ場、別荘地、レジャー地にし、税金と開発企業の収益を重視してきました。
愛知万博は、環境をテーマにしながら森林を破壊し環境を軽視したと批判されました。
しかし主催者は、収益が出たと誇りました。

まず森林の現状と問題点を調べ、状態を人々に知らせ、自然林の重要性を訴え、森林破壊型の開発を制御すべきです。

最近政府は定年退職者に森林づくりへの参加を促しています。
しかしどこか安直です。
定年退職者は森林について無知に等しいでしょう。
森林ボランティアが増えていますが、森林の専門家からは、森林について勉強しないまま山に入ることは問題と指摘されています。
森林保全には、どこに何を植えるべきか、何を伐るべきか、それなりの知識が必要です。
また山には危険がいっぱいです。

これまで森林を大切にしてきた専門家を核にプロを養成することが必要と思います。

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2006.04.26

「神から聞いた」とは

Hana6

ある人が、Aという教えを神から聞いたと言ったとします。
別の人が、Bという教えを神から聞いたと言ったとします。
そしてAはBでなかったとします。

どちらを信用すればいいでしょうか。
実は、本当に神から聞いたかどうかは信頼性がないと思っていいのではないでしょうか。

真実は、その人が、自分が真実の神と思った神から聞いたと思ったいうことでしょう。
あるいは、自分の言っていることは真実であるということを強調するため、神から聞いたとか、神が言ったという場合もあったでしょう。

宗教の教祖の教えは、彼らの時代や社会では革新的であったと思います。
人の問題や社会問題を深く考え、人々が通常考えない解釈あるいは解決策を提示したと思います。
神から啓示を受けたような教えであったでしょう。

しかし彼らの教えは、部分的には神秘的ですが、大体は人間的な教えだと思います。
普通人間が考えない教えであったとしても、人間が考えた教えと言っていいと思います。
だから当時は革新的な教えだったと思いますが、現代から見ると所々古さも目立つということではないでしょうか。

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2006.04.23

冷静な分析情報がほしい

Hana3

日本と隣国が国をあげて対立するような雰囲気が生まれつつあることは気になることです。
サッカーチームや野球チームが勝った負けたぐらいならいいのですが、政府が勝った負けたとなると問題です。

歴史認識問題、総理の靖国参拝問題、島問題、経済水域問題を政府間勝負の材料にしつつあるのは、日本および隣国政府の外交の失敗です。

総合的には人々は冷静と思いますが、中にはこれでもかこれでもかと騒いでいる人がいます。

日本では大臣や国会議員の中に勝負好きがいます。
乱を好んでいる感じがします。
彼らの本当の意図は何でしょうか。
自分の政治的無能を隠そうとしているのでしょうか。
国民受けを狙っているのでしょうか。
軍拡とか軍需産業の育成を考えているのでしょうか。
大臣や国会議員が個人的に勝負するだけなら問題はまだ小さいのですが、人々が乱に巻き込まれるのは迷惑です。

テレビ新聞雑誌が呼応して政府間勝負を煽っている感じがします。
視聴者、読者の好戦的精神をくすぐって売り上げを保とうとしているのでしょうか。
言論の自由を主張するテレビ新聞雑誌が、視聴者、読者の感情に訴えるような報道姿勢を重視するならば、本当に国の将来を考えている人の声を埋没させる恐れがあります。
言論の自由の主張と矛盾するでしょう。

個人が情報分析すると言ってもむずかしい面があります。
中立な調査研究機関が、釣り合いがとれた日本と隣国の分析を行い、個人が考えやすい情報を提供するようになるといいと思います。

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2006.04.20

日の丸を掲揚しても無法では逆効果

Hana11

上海総領事館の館員が買春したなど外交官の無法がよく報道されます。
掲揚した日の丸が汚れるような気がします。

政府は日の丸掲揚を重視しますが、日の丸を掲揚しても無法を行なう人がいることを知るべきです。
外に日の丸を掲揚するより、悪いことはしない、よいことをするとの決意の旗を心の中に掲揚した方がいいのではないでしょうか。

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2006.04.17

お金より人の命が大切と思うのだが

Hana9

私達は、タバコは悪いと言いながら、政府をしてタバコの製造販売を許可させ、タバコを買う人から高い税金を取っています。
お金のために人の命を軽視しています。

自分は吸わないからいいと思っているのかもしれません。
しかし喫煙者は煙を肺の中に入れっぱなしにしてくれる訳ではありません。
必ずはき出します。
喫煙者がはき出した煙を吸います。

それだけでありません。
喫煙者はよく吸殻をポイと捨て、それが火災の原因になることがしばしばです。
また喫煙の習慣を周りの人に広めます。

タバコだけではありません。
私達は、お金がないと生活できないと心配し、人の命を軽視するという矛盾をいろいろな場面で犯しています。

私達は愛国心を主張できるほど高い文化水準には達していないのではないでしょうか。

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2006.04.14

愛国心

Hana5

教育基本法改正案の関連で愛国心という言葉が問題になっています。

戦前愛国心という言葉のもとに無数の人々が戦争で殺されましたので、今日においても愛国心という言葉を嫌う人が多いと思います。

日の丸君が代と愛国心を結びつける人がいます。
しかし、日の丸君が代に関心が薄い人が、愛国心がないと言われたら、そんなことはないと怒るでしょう。
日の丸で言いますと、政府が人々に日の丸の掲揚を強要することはやりすぎです。
日本を表現する方法は日の丸だけではありません。

日本がもし外国を苦しめるならば外国は怒って日本を苦しめるでしょう。
アメリカがやっているように、外国の法律が不備であること、軍事力、経済力が弱いことなどに付け入り、国内なら不法になることを外国でやったり、軍事力、経済力で外国に圧力を加えることなどがあってはならないと思います。
つまり外国に対し差別的な国家主義が愛国心でないことは明白です。

政府の言うことに何でも従がうことは愛国心ではないと思います。
大赤字の放漫政治を続けている大臣に愛国心があると言えるでしょうか。
破綻しつつある政府を放置している国会議員の愛国心も疑問です。

政府は人々のためにあります。
したがって政府は人々を愛することが必要です。
人々の愛国心だけを強調してはいけないと思います。

自然と文化に恵まれた日本を愛していない人はいないでしょう。
日本の環境悪化を防いできたのは、環境悪化に苦しみながら必死に環境改善運動をやってきた人々です。
日本の文化を守ってきたのも、政府に文化の保護を訴えながら文化を大切にしてきた人々です。
愛国心を叫んでいる大臣や国会議員より現場の人々の方が愛国心に富んでいると思います。

日本人は国防意識が乏しいと主張する人がいます。
しかし、歴史から判断するならば、話し合い下手で短気で攻撃しやすいことの方が心配です。

愛国心とは、人々が末長く明るく生きることができる、よりよい国にすることと考えるといいと思います。

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2006.04.11

人の命重視の心が乱暴のブレーキ

Hana2

人から乱暴な言動を受けることは不愉快なことです。
不愉快な思いをするより無関係でいたい、あっさりした関係でいたいという思考が強くなっていると思います。
こうして人間関係が浅くなりつつあります。

問題はやはりおおもとの乱暴な言動です。

このような傾向が夫婦の間でも親子の間でも生じていますから、現代は夫婦関係も親子関係も不安定です。
嫌いが怒りになり、憎しみに発展します。

希薄な人間関係は人を孤独にします。
しばしば人を攻撃的にします。

しかしそれで人々がいいと思っていないことは明白です。

言動には社会的許容範囲がありますが、現代は許容範囲を越えることを肯定する雰囲気があります。
戦前の道徳的抑圧的雰囲気から解放され、戦後反動的に放漫な雰囲気になったからかもしれません。

商業的な新聞雑誌テレビは無批判に放縦を記事や番組に取り入れ、人間の低劣な感性に訴えて購読者や視聴者を増やしてきたと思います。
多くの購読者、視聴者がいて儲かることは、新聞雑誌テレビの内容の価値を証明しているとの印象を与えてきました。

人々は気付かない間に自分中心、金銭主義になり、他人を軽視し、つまり人間関係を軽視し、ついには人間関係に自信を失ってきました。

このような問題を少しでも減らすためには、社会の雰囲気を変える必要があります。

商業的な新聞雑誌テレビが先生では人生は危ういと思います。
学校を出てからも教えを請うべき先生とか先輩を持つことが重要ではないでしょうか。

人々は、ことわざなどの先人の知恵を見直すことが大切です。
日本のことわざだけでなく、世界のことわざも学び、自分もよく考えるならば、戦前の抑圧的雰囲気に戻ってしまうことはないでしょう。
宗教を信じるならご利益だけで満足することなく、人の道も学ぶべきです。
教育者や心理学者の方々は、学校で教えるだけでなく、社会に提言するようになるといいと思います。

乱暴な言動から自由になるためにはやはり人の命を重視する心が大切と思います。

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2006.04.08

神とは何か

Suzuransuisen

昔は私は神を信じ、神は時間空間のどこを切り出してもそこに存在すると思っていました。
いわゆる神の遍在、絶対を信じていました。

しかし神についてこのように考えると、人格性が失われます。
愛なき冷厳な存在になります。
自然法則の法則のような存在になります。

神は愛とも信じていた私はこの神で現実を説明できなくなってしまいました。

たとえば04.12.26のスマトラ沖地震・津波で大勢の人が死にました。
神がしたとして片付けていい災害だったでしょうか。
死んだ人は死に値する罪人(つみびと)であったでしょうか。
あるいは神は人を遅かれ早かれ死ぬ運命の下においているから、別に悲しむべき災害ではなかったと平然としていられるでしょうか。

神は人々に愛の試練を与えたと考える人がいるでしょう。
しかし神の愛の試練だったで終わりにしていい災害だったでしょうか。

残された家族は今も悲しみ嘆いています。
そして津波に対しては人々は科学的技術的対策を講じる努力をしています。
人間が人間として生きようとしており、さらに生きる方法を考えていることは明らかです。

神が何であるか知る必要はない、神を信じること、神に愛されていると信じることが大切という考えがあります。
しかし信じれば人生平安ということはありません。
信じたのにと思うようなことが起こってしまいます。

生きるには次から次へと起こる難問に取り組まないといけないのが現実です。
そのために人間には自我が発達し、感性知性が発達し、科学や技術が発達したのだと思います。

神を信じている人は、信じるで止まらず、さらに神とは何かと考えてみるといいと思います。

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2006.04.05

政府が破綻しても人々は生きる

Hananira
今年も庭でハナニラ(別名ベツレヘムの星)が咲き乱れています。

現在の政府の合理化の進捗状況を見ていると政府の破綻は避けられないかもしれません。
ところが人々は政府について別に心配しているようではありません。
人々はなかなかおおらかです。

日本ではこれまで何度も政府が潰れてきました。
政府と一緒に潰れた人も多かったのですが、ほとんどの人々は、力強く生き残り、新しい社会を形成しました。
したがって人々は政府の破綻に慣れており、それほど心配しないのでしょう(もちろん皮肉ですよ)。

ここまで来ると政府を改善することは最早不可能ではないかと時々思います。
政府の破綻を待って新しく作り直した方がいいと思います。
しかし政府破綻によって生じる社会混乱は想像以上に苦しいでしょう。

苦しいですが、人がいる限り仕事はあります。
したがってどのような混乱社会でも人が生きるのに必要なもの・サービスを提供している人は強いでしょう。

このような時代には乱を好む人の声が大きくなりますので要注意です。
「外国の脅威」、「経済制裁」、「防衛力強化」、「軍事同盟」、「集団自衛」、「先制攻撃」、・・・。
彼らは、世界との自由な政治交流、経済交流、文化交流を軽視し、日本の中に閉じこもり、日本の人々を日本の中に閉じ込めようとします。
自閉的です。
自分について誇りますが、実は世界からは全然評価されていません。

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2006.04.02

大岡川の桜

060401gumyoji
横浜の大岡川の弘明寺付近

横浜の大岡川は磯子区南部の円海山(153m)周辺の丘陵地帯を源流とした川で、港南区上大岡を流れ、中区桜木町で横浜港に出ます。
桜(ソメイヨシノ)で有名な川です。
美しいのは桜木町近くの都橋から南区弘明寺近くの観音橋までの約4kmで、片側だけの一部を除き、川の両側が桜並木になっています。
桜の枝が川面に垂れ、訪れた人々はその美しさに感嘆の声を発します。

京浜急行が、日ノ出町駅から南太田駅まで大岡川沿いを走っています。
車窓から見る桜並木の見事な景観に誰でも次は電車を降りて散歩をしたいと思うでしょう。

約4kmですから桜木町から弘明寺まで歩いても距離としてはたいしたことはありません。
残念なことは歩道が狭いことです。
今は人が大勢来て歩いていますから足元の段差やすれちがう人に気をつけなければなりません。

昨日用事があって弘明寺に行きましたのでちょっと川に行ってみました。
桜は写真のとおり素晴らしかったのですが、川がきたないことが難点でした。
このあたりは水が少なく川底が出ているのですが、その色が黒く、悪臭まで放っています。
町の人々によってごみ拾いが行なわれていますのでごみは落ちていません。
しかしこれまでにたまってしまった汚泥の除去がまだできていません。

桜は桜だけでも美しいですが、周りの環境が美しかったらもっと美しいですね。

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