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2006.04.08

神とは何か

Suzuransuisen

昔は私は神を信じ、神は時間空間のどこを切り出してもそこに存在すると思っていました。
いわゆる神の遍在、絶対を信じていました。

しかし神についてこのように考えると、人格性が失われます。
愛なき冷厳な存在になります。
自然法則の法則のような存在になります。

神は愛とも信じていた私はこの神で現実を説明できなくなってしまいました。

たとえば04.12.26のスマトラ沖地震・津波で大勢の人が死にました。
神がしたとして片付けていい災害だったでしょうか。
死んだ人は死に値する罪人(つみびと)であったでしょうか。
あるいは神は人を遅かれ早かれ死ぬ運命の下においているから、別に悲しむべき災害ではなかったと平然としていられるでしょうか。

神は人々に愛の試練を与えたと考える人がいるでしょう。
しかし神の愛の試練だったで終わりにしていい災害だったでしょうか。

残された家族は今も悲しみ嘆いています。
そして津波に対しては人々は科学的技術的対策を講じる努力をしています。
人間が人間として生きようとしており、さらに生きる方法を考えていることは明らかです。

神が何であるか知る必要はない、神を信じること、神に愛されていると信じることが大切という考えがあります。
しかし信じれば人生平安ということはありません。
信じたのにと思うようなことが起こってしまいます。

生きるには次から次へと起こる難問に取り組まないといけないのが現実です。
そのために人間には自我が発達し、感性知性が発達し、科学や技術が発達したのだと思います。

神を信じている人は、信じるで止まらず、さらに神とは何かと考えてみるといいと思います。

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