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2006.08.30

世界民主主義

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横浜金沢動物園

昨日世界宗教者平和会議(WCRP)第8回世界大会(京都)が終わりました。
人命を重視せよという結論は昔から出ていたと思いますが、問題はどうして人命が軽視されるか、人命の軽視を防げないのかということです。

ある宗教者は、現実差別されていることは耐えられないと言いました。
「殺されても殺さない」とは決心できないということでしょう。

強者は、差別された弱者の「反抗」を不法と非難しますが、自分が行なった「差別」を不法と反省しません。

民主主義国であっても強国になりますと弱い外国を差別します。
強国が民主主義を主張するのを利用して、「民主主義を主張するなら世界民主主義を肯定せよ」という論法で強国を法の下におくことが必要だと思います。

国(くに)民主主義(国の中では民主主義)はかなりの国で実現しました。
次の課題は世界民主主義を確立することだと思います。

世界の人々の大半が人命を重視しています。
したがって世界民主主義は信用できないということはないと思います。

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2006.08.26

冥王星、惑星からはずされる

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03年9月9日 火星が地球に近づき、月と火星が非常に接近して見えたときの写真
右下に赤く見えているのが火星です。
普通のデジカメで撮影しました。

06年8月24日国際天文学連合は、惑星の定義を変え、冥王星を惑星からはずしました。
冥王星は月より小さいし、近くに存在する天体を完全に衛星にするほど支配的でないし、他の8惑星がほぼ円軌道であるのに、冥王星は楕円軌道で、さらに他の8惑星がほぼ同じ軌道面にあるのに対し冥王星の軌道面は他の惑星の軌道面から明らかに傾いているという特徴があって、前から他の8惑星とは大きく異なると言われてきました。
楕円軌道であるため、太陽に一番近い位置(近日点)は海王星より太陽に近い所にあります。

私は小学校高学年のころ空を見ることが大好きで、星座や有名な星の名前をほぼ覚えていました。
小5のとき夏休みの作品に星座観測機をつくって出品し、学校の作品展だけでなく、その地方の作品展でも金賞をいただいたこともあります。
構造はいたって簡単で、ボール紙に穴をあけ、一片50cmぐらいの箱の中に入れ、裏から光を当て、箱の前ののぞき穴から見ると、ボール紙の穴が夜空の星のように見え、星座の形がわかるようにしたものです。
みんなから「星の先生」などと呼ばれていました。

しかし冥王星については肉眼で見えませんし、望遠鏡で見たこともありません。
名前を知っているだけでした。

大きくなるに従って関心は宇宙から技術にうつり、会社に入ってからは東京、横浜に住むようになりましたので空を見ることがほとんどなくなりました。

最近は何だか遠くではなく近くばかり見ているような気がします。

冥王星が惑星の分類からはずされたというニュースを聞いて、宇宙に夢中になった子供の頃のことを懐かしく思い出しました。
空に星が見えなくても夜ベランダに立って星を想像するようにしてみたいと思います。

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2006.08.24

公の意識、誇りを持てる国、国を愛するとは

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安倍晋三氏が次の総理との予測ですので彼の主張を検討してみたいと思います。

彼は、教育に関連して、公の意識を持て、誇りを持てる国づくりが大切だから国を愛する教育をせよと主張しています。
公の意識、誇りを持てる国、国を愛するとは何でしょうか。
盛んに自衛隊を自衛軍にするとか集団的自衛権を行使するなどと主張していますから、「いざとなったら戦争する」と考えることでしょうか。

現在、いざとなったら戦争すると考える日本人は10%台とのことです。
安倍氏はいらいらしているのでしょうか。

学生は戦争すると言う人が多いのですが、社会人になると、戦争より仕事や事業の方が重要と考えるようになり、戦争すると考える人は急減します。
一見戦争好きに見えるアメリカでも、戦争すると言う人は思ったほど多くありません。
軍職以外の仕事や事業の機会が乏しい国では戦争すると言う人の割合が増える傾向があります。
つまり戦争すると考える人が多い国は概して貧困国が多いと思います。

したがって10%台という数字に驚く必要はありません。
反対に日本が誇るべき数字です。
世界の国々に日本を見習いなさいと言っていいと思います。

発展途上国の厳しい追い上げを受けながら未だに国際収支黒字を続けていることは素晴らしいことです。
教育と技術と産業を重視する人々が多いから実現できていることです。

対中国はさすがに赤字ですが、それでも赤字幅が減る傾向にあります。
産業界は中国とどう付き合うか学びつつあります。
対韓国は黒字です。

問題は日本政府が大赤字であることです。
歴代総理の政策が問題でした。
それでは安倍氏はこの問題にどう取り組むのでしょうか。
彼はこの問題に答えていません。

安倍氏は内閣官房長官でありながら内閣官房長官の名前で靖国神社に参拝しました。
公の意識を持っていない証拠です。

隣国との関係は安倍氏が感情的な対立の姿勢を示すので緊張が高まる方向です。
戦争しない方法を考える冷静な思考ができていません。

アメリカとの関係は、同盟を重視するあまり、言うべきことを言える関係になっていません。
反対にアメリカの戦争に引きずり込まれる危うさを感じます。
アメリカと一緒に戦争したいと考えている国など世界に一つもありません。
集団的自衛権を行使するとアメリカと一緒に戦争することになります。
集団的自衛権の行使を主張する安倍氏は日本を不法な戦争をする恥ずべき国にするかもしれません。

総合すると、人々より、安倍氏の方が国を愛していないのではないかと思います。

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2006.08.21

老人生活

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私は66才で自由業をやっています。
自由業は本当に自由で最近は収入が少なくなりました。
この収入でボランティア活動をやっています。
国際交流と森林保全をやっています。

森林保全は今年からです。
動機は不純で、体をよく使うのでやっています。
つまり森林のためではなく健康のため。
ただいま勉強中です。

国際交流は61才から始めましたからすでに5年になりました。
ある国際交流ボランティアグループに所属し、そのグループが提携している大学の留学生と交流するようにしています。
8か国の留学生と交流してきました。
留学生と言っても、国では学生ではなく職についていた人が半分ぐらいいました。
政府の職員、大学や高校の先生、銀行員、会社員がいました。

現在は韓国の留学生(国では大学の先生)と交流しています。
韓国と日本の政治交流がおかしくなっていますので、韓国留学生の気持ちは複雑です。
幸い韓国留学生を受け入れる日本政府の方針が概してしっかりしていますので、その点は韓国留学生は、感謝もし、安心もしています。
日本から学ぶべきことは多いと言っています。

国際交流ボランティアの中には留学生は英語で話し合いできるようになる方が重要だと主張し、英語で話し合いをやっている人がいます。
世界で活躍する人材になるためにはその方が重要でしょう。
私は折角日本に留学したのだから日本の文化の中の文化である日本語を勉強してもらいたいと思っています。
(注〉日本の大学は英語コースを用意していますので、日本語を勉強しない留学生は非常に多いそうです。

留学生と交流していると私の気持ちが若くなるようです。
うそか本当か知りませんが、顔かたちも比較的若く見えるそうです。
老人との交流はつまらないでしょうと留学生に言いますと、老人は経験と知識が豊富で、質問するとその経験と知識に基づいた答えをしてくれるので学んだという実感がすると嬉しい返事が返ってきます。

町には町の老人会があり、種々の活動をやっています。
私も臨時で協力することはありますが、まだ正式会員になっていません。
ある老人は老人の世話をするために老人会に入ったと言いました。
これから老人社会になりますから老人が助け合って生きていくことは重要です。
できるだけ若い人達に依存しないようにし、若い人達が生産に全力投入できるようにすることは重要です。
若い人達の邪魔にならない、さらには若い人達を助けるという気持ちになれば老人は一段と元気になるのではないでしょうか。

老人が暗い顔をして生きているなんてとんでもないことです。

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2006.08.18

戦争の罪と罰

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横浜 金沢動物園

昔の日本の戦争のことについてはあまり考えず現在と未来のために生きたいと思うのですが、戦争の後遺症と思われるいろいろな事件が次から次へと発生し、否応なしに戦争について考えさせられてしまいます。
戦争の罪に対する罰は戦後も延々と続くという現実があります。

近年日本は戦争に甘くなってきました。
戦争になってもいい、いざ戦争になったら戦争に行くと考える人々が増えつつあると思います。
感情的になり、短気になり、攻撃的になってきた証拠です。
戦争の罪と罰について無知だと思います。
歴史の勉強が足りないと思います。

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2006.08.15

終戦記念日

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どうして日本は日清戦争、日露戦争、そして第二次世界大戦と恐ろしい戦争を続けてきたのでしょうか。
当時世界は帝国主義の時代で列強はその支配力を広げることに熱中していました。
列強に負けてはいけない、負ければ支配されるという気持ちだったのでしょう。
日清戦争、日露戦争に勝ち、軍神は日本に味方していると思い上がってしまったのでしょう。
そして理性を失い、未来を予測できなくなり、立ち止まるとか、流れの外に出ることを考えることができなくなったのでしょう。

負けず嫌いの日本は敗色が濃くなっても意地になって戦争を続け、滅亡すると感じて初めてアメリカに無条件降伏しました。
原爆による広島(1945.8.6)と長崎(1945.8.9)の被害は、人類が二度と経験することはないであろう悲惨なものでした。
戦争とは無差別攻撃です。
大量殺戮です。

当時私は5才でした。
静岡県西部にあった私の町も艦砲射撃と空爆で穴だらけの焼け焦げた廃墟になりました。
私の家は町外れで破壊を免れましたが、町の中にあった祖父の家は爆弾で吹き飛んでしまいました。

最近の日本は本当に変わったと思います。
戦争否定が戦争肯定に変わりました。
人々は感情的で短気で攻撃的で、戦争について軽く考え、戦争になってもいい、いざとなったら戦争するなどと言います。
よく考えれば戦争しない方法があるのに考えません。

戦争とは何かわかっていないのではないでしょうか。
アメリカのイラク戦争では、2003年戦争を始めたとき若いアメリカ軍人は楽勝と笑いながらイラクに行きました。
今では誰も行きたがりません。
戦場では生きるか死ぬかですから、人の命も法も理性もへったくれです。
殺し合いに耐えがたくて脱走する人は後を絶たないそうです。

終戦記念日の今日、戦争を生々しく想像し、よく考えてもらいたいと思います。
勝つ、自分は死なないと考えるだけでなく、負ける、自分や自分の家族や多くの人々が死ぬと考えてください。
人殺しは悪いと考えることができる人類がどうして戦争は悪いと考えることができないでいるのか、どうして人類の思考は戦争で止まり、前に進まないのか考えてください。

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2006.08.12

折角の頭脳を、人を殺すことに使うとは

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力の均衡(balance of power)による平和の維持という考えはすでに過去のものです。
反アメリカ武装組織は確実に育っており、すでにアメリカに対する反撃は始まってしまいました。
世界には戦争の不安が深まり、人々の行動は不自由になりつつあります。

ある反アメリカ武装組織を破壊しても、アメリカが現状のままなら次から次へと反アメリカ武装組織が誕生します。
アメリカが、自分の国益を第一に考え、外国の人々の命を軽視し続ける限り、外国の人々の心の中に怒りの感情が芽生え、それが押さえがたい反アメリカ感情に育っていきます。
現状のままでは世界には反アメリカの人々が増え続け、いつかアメリカは崩れます。

自由、自由と叫んでいるアメリカが世界の人々を不自由にしているのはおかしいことです。
本当にアメリカが自由を重視するなら人を生かすことを考えなければなりません。

アメリカは正義で、反アメリカ武装組織は悪という単純な理解では戦争の不安は解消しません。
どうしてアメリカは反感を持たれるのかと研究しないと問題は解決しません。

私達はアメリカも反アメリカ武装組織も悪と考えるべきです。
次にまずは強大な軍事力を誇って威張っているアメリカの不法を厳しく批判することが必要です。

アメリカが世界に通用する法を重視するようになれば結構ですが、それを待っているだけではアメリカは滅びるまで変わりません。
世界(の人々)がアメリカは間違っていると厳しく批判することが大切と思います。

アメリカと軍事同盟して世界を平和にするなどと言っている日本(政府)が世界を平和にすることは決してありません。
反対に昔と同じように戦争する国となり、日本の人々や周辺国の人々を再び苦難の状態に落とし入れるでしょう。
政治的に日本が世界に貢献できるとすれば、人の命の重視という基本法に基づく世界に通用する法を提案すること以外には何もないと思います。

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2006.08.09

政府の憲法軽視は人々の不法を助長

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06.8.8 雨の中の箱根芦ノ湖

憲法の定めるところにしたがい憲法を変えることは問題ありません。
しかし政府のように憲法を変えないで違反をやり、違反をやりながら憲法は問題だから変える必要があると言うのは明らかに不法です。

私が問題にしている政府の憲法違反は、

1. アメリカ政府の戦争(イラク戦争等)への協力(第二章戦争の放棄違反)
2. 総選挙における一票の格差(第14条法の下の平等等違反)
3. 公立校における日の丸君が代の強制(第19条思想及び良心の自由違反)
4. 総理の靖国神社等宗教法人参拝(第20条国の宗教活動の禁止等違反)

などです。

人々の先頭に立って憲法を正しく解釈すべき裁判官、弁護士、法学者が、政府に押され、現実に流され、変な憲法解釈や沈黙でお茶を濁してきたことは問題です。

憲法は政府の不法を取り締まり、人々の命と自由を守ることが目的です。
人々が政府の憲法違反を黙認することは自分で自分の命や自由を軽視していることを意味しています。
憲法に問題があると思ったら憲法改正が先です。

近年人々の非社会性が問題になっています。
人々は、政府だって憲法違反を犯しているのだから自分達の不法だって「いいんじゃないですか。個人の自由です」(小泉総理の口癖)と考えているのでしょうか。

政府だけでなく人々まで心が荒れてきたのではないかと心配です。

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2006.08.06

霊魂について

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靖国神社に戦死者の霊魂が眠っているという考えがあります。
しかしほとんどの人はこの種の霊魂については、感じることなく、存在すると思っているだけではないでしょうか。

しかし本当に感じる人がいます。
恐らく自我の奥底に潜むものを自分の外に感じるのでしょう。
後天的に人が思い込んだものもあると思いますが、先天的に体に染み付いたものが精神的なものとして出現するということもあると思います。

霊魂を感じる人の場合、死んでも霊魂を感じる状態が続くという報告があります。
あるいは自分が霊魂に乗り移って活動を続けるという報告があります。
この種の報告は、実はその人が生き返った後になされたものですから死後の報告ではありません。
したがって霊魂不滅説が証明された訳ではありません。
死にそうな臨界状態で自我が感じたことと考えるのが妥当です。

ところで通常誰でも認識できる精神は自我です。
たとえば私は今ブログを書いていると認識する私です。

近代心理学者は自我の機能領域として潜在意識とか意識下という概念を持ち込み精神全体の働きを理解しようとしています。
いわゆる霊魂は潜在意識の中であるいは意識下に働く霊的存在ということになるのでしょう。

私は精神には自我のほかに精神本体があると考えています。
そう考える理由は、精神の中に自我とも、いわゆる霊魂とも異なる、人を生かす人共通の機能を感じるからです。

自我が死にたいと思っても人は簡単には死にません。
自我とは別の精神が働いて人を生かしているからです。
私は、この自我とは別の、人共通の精神を、精神本体、原始的精神、原精神などと呼んでいます。
人を生かしているので人の命(Human Life)と呼んでいます。
人の命とは、生きている人に実現している、人を生かす力です。
すべての人に共通して存在する素晴らしい精神的機能です。

この人の命といわゆる霊魂を比較してみますと、人の命は個性がないのに対し、霊魂は個性が豊かです。
人の命はひたすら人を生かすように働きますが、霊魂となると人によいことをする霊魂があるかと思えば、人に悪いことをする霊魂もあります。

ただし霊魂についてはその言葉の定義でその機能領域が大きく変わります。
ここでは誰それの霊と言われるような霊魂について考えてみました。

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2006.08.03

大人気ない八つ当たり

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あの親は気にくわないからその子をいじめてやると感情的になる人がいます。
北朝鮮政府に対する日本政府の態度はこの感情的な人に似ています。

北朝鮮の貨客船万景峰(マンギョンボン)92号の入港禁止措置は、何度考えても適切な措置と思えません。

特殊工作員、小火器、麻薬、偽札がこの船で日本に入ってくると言うなら、取締りの強化で対応できます。
核兵器やミサイルを開発生産するのに使われる材料、部品、機械などがこの船で北朝鮮に行くと言うなら、これも取締り強化で対応できます。
日本からの送金が核兵器やミサイルの開発に使われているというなら問題の送金を調べ取り締まるという方法があります。

北朝鮮政府が拉致問題や核兵器・ミサイル問題の解決に非協力なのは気にくわないからと言って人々の交流まで断つのはやりすぎです。
在日の北朝鮮の人々が航空便で中国経由で北朝鮮に行くのは経済的に大変でしょう。
万景峰(マンギョンボン)92号の入港禁止はできるだけ早く解き、取り締まり強化のレベルに下げるべきです。

北朝鮮は民主主義ではありませんから、政府と人々を識別する必要があります。

国連安保理では北朝鮮に対する経済制裁決議がなされた訳ではありません。
単独で経済制裁のような戦争前段階の行動を安易に取ると世界各国から日本はかつての攻撃的な国に変身するのではないかと警戒されるでしょう。
特に隣国は身構えるでしょう。
このような外国との関係の悪化は日本の人々の活動を不自由にするでしょう。

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