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2006.08.06

霊魂について

092

靖国神社に戦死者の霊魂が眠っているという考えがあります。
しかしほとんどの人はこの種の霊魂については、感じることなく、存在すると思っているだけではないでしょうか。

しかし本当に感じる人がいます。
恐らく自我の奥底に潜むものを自分の外に感じるのでしょう。
後天的に人が思い込んだものもあると思いますが、先天的に体に染み付いたものが精神的なものとして出現するということもあると思います。

霊魂を感じる人の場合、死んでも霊魂を感じる状態が続くという報告があります。
あるいは自分が霊魂に乗り移って活動を続けるという報告があります。
この種の報告は、実はその人が生き返った後になされたものですから死後の報告ではありません。
したがって霊魂不滅説が証明された訳ではありません。
死にそうな臨界状態で自我が感じたことと考えるのが妥当です。

ところで通常誰でも認識できる精神は自我です。
たとえば私は今ブログを書いていると認識する私です。

近代心理学者は自我の機能領域として潜在意識とか意識下という概念を持ち込み精神全体の働きを理解しようとしています。
いわゆる霊魂は潜在意識の中であるいは意識下に働く霊的存在ということになるのでしょう。

私は精神には自我のほかに精神本体があると考えています。
そう考える理由は、精神の中に自我とも、いわゆる霊魂とも異なる、人を生かす人共通の機能を感じるからです。

自我が死にたいと思っても人は簡単には死にません。
自我とは別の精神が働いて人を生かしているからです。
私は、この自我とは別の、人共通の精神を、精神本体、原始的精神、原精神などと呼んでいます。
人を生かしているので人の命(Human Life)と呼んでいます。
人の命とは、生きている人に実現している、人を生かす力です。
すべての人に共通して存在する素晴らしい精神的機能です。

この人の命といわゆる霊魂を比較してみますと、人の命は個性がないのに対し、霊魂は個性が豊かです。
人の命はひたすら人を生かすように働きますが、霊魂となると人によいことをする霊魂があるかと思えば、人に悪いことをする霊魂もあります。

ただし霊魂についてはその言葉の定義でその機能領域が大きく変わります。
ここでは誰それの霊と言われるような霊魂について考えてみました。

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