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2006.09.29

倒れても立ち上がるコスモス

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家庭菜園に今コスモスが咲き乱れています。

コスモスは風雨ですぐ倒れてしまいます。
根元に近い部分の硬直した幹は曲がって立ち上がることができませんから倒れたままです。
しかし上部の柔軟な幹が曲がってそこから立ち上がり、上に伸びて花をつけます。

硬直した幹はもうどうしようもないかと思いますが、もし大地に接触しているならばそこから根を張ってコスモスの生長を助けます。

倒れても立ち上がり、最後には美しい花を沢山つけ、道行く人々を楽しませてくれます。

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2006.09.26

家族のことをもっと気にかけよう

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子殺し、親殺しが増えています。
異常な犯罪であるため心配です。

通常、本能的に親は子を大切にし、子は親を大切にします。
それがそうではないとすると、何かが異常に作動しているということになります。
異常に発達した自我が作動しているのではないでしょうか。
自我は後天的に発達しますから自我がどのような環境で発達したかが問題です。

犯罪を犯した人が悪いと言って問題を片付けるのではなく、社会にも異常があると考える必要があると思います。
親が悪いとするなら親が育った社会をも問題にすべきです。

子が育つには20年ぐらいの年月が必要です。
したがって夫婦関係の安定化が非常に重要だと思います。

夫婦が協力して子を育てる、周りが夫婦を支援する、政府が夫婦を支援する、このような社会が必要です。
言い方を変えれば、夫婦が協力して子を育てない、周りが夫婦を支援しない、政府が夫婦を支援しない、ということはいけないとする社会が大切です。

戦後の産業構造の変化で人が流動化し、家族が崩壊し、個人が孤立しました。
個人が自由になった反面、親や祖父母や親戚の支援がないまま一人で夫婦関係や子育てに悩む人が増えています。
地方政府やNGOに専門の相談員がいても、具体的に支援してくれる人がいなければ悩みは解消されません。
一般社会が個人を支援すると言っても、親身になって支援することはできません。

現代においても、たとえ距離が離れて住んでいても、親は子を支援する、祖父母は孫を支援する、兄弟姉妹や甥姪を支援するなど、助け合いの家族の関係を見直す必要があると思います。
このような家族の助け合いは決して昔の家族制度の復活ではありません。

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2006.09.23

旗とは何か

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旗は、布、紙などでつくり、一辺をさおなどにつけて空中にひるがえすもので、お祝い、飾り、しるしなどに用います。

敗戦を経験し、軍国主義が否定されても、小学校唱歌に「白地(しろじ)に赤く、日の丸染めて、ああ美しい日本の旗は」という歌があり、みんな覚えて歌いました。
戦後でも十数年は祝日には多くの家が玄関に日の丸を飾りました。

それなのにこの慣習はいつしか消え、今は飾りません。
祝日を祝うという考えが、祝日を楽しむという考えに変わったからでしょう。
日本が日本であることは当然、日の丸で飾らなくてもわかっているということでしょう。

近年は政府が日の丸を飾れと学校を指導しているようですが、学校もあまり飾りたくないようです。
文部科学省の圧力で教育委員会が罰則を設けて自分の管理下の学校に強制するようになりました。

ところが裁判所は罰するのはやりすぎという判決を出すようになりました。
旗とは何かと考えれば、確かに罰するのはやりすぎでしょう。

民主主義なのに政府が人々を指導したがりすぎるのは問題です。
日の丸は政府が飾ることを強制するような性格のものではないでしょう。
飾りたい人が飾るということでいいと思います。

日の丸を見て美しいと思わない人や、血を連想する人や、国粋主義者の過激な活動や戦争の悲惨を思い出す人に飾れと強制することは酷なことと思います。

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2006.09.20

宗教団体の限界

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北海道定山渓の林

アメリカとヨーロッパには、アメリカの戦争は正義で、反アメリカ武装組織の戦争は悪という考えがあります。
現在の武装組織としてはイスラム教系過激派がよく知られていますから、キリスト教が主流のアメリカやヨーロッパは、イスラム教の聖戦と対比してアメリカ軍を現代の十字軍と考えがちです。

ローマ法王ベネディクト16世は、ローマンカトリックの十字軍の悪を棚に上げ、預言者ムハンマドおよび聖戦を悪と批判してしまいました。
反アメリカ武装組織の戦争を先に問題にしてしまい、アメリカの戦争を先に、あるいは両方を同時に問題にすることができなかったのでしょう。

一般論ですが、宗教団体は自分の宗教が悪いとは言いません。
そのようなことを言えば信者が去り、宗教団体は衰退します。
自分の宗教は正しいとしますから、他の宗教団体の宗教は問題ということになります。
したがって宗教団体は、永遠に他宗教団体と争い続けることになります。

信者数世界一でも宗教団体が世界を統一することは永遠にないと思います。
いつか世界機構が実現した時、世界機構は法で政教分離を明文化するでしょう。

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2006.09.17

信者は自分の利益を追求していないか

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オヤマボクチ 奥多摩でねねんぼうというと聞きましたが、植物図鑑にはこの名前はありません。方言でしょう。

ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も、イスラエル民族の先祖であるアブラハムが信じた神を信じると言います。
ところがこれらの宗教の信者は殺し合っています。

神が同じなのに殺し合うのはなぜでしょうか。
神に関する信者の解釈が異なるとしか考えられません。

どうして解釈の違いが生じるかと考えると、信者の利害がぶつかるとしか考えられません。

要するに信者は自分の利益を考えて自分は正しいと主張し、やはり同じように自分の利益を主張する他宗教信者を否定しているのだと思います。
同じ宗教団体の中では、団結してお互いの利益を追求しているだけだと思います。

いざとなると自分の利益を主張するなら、信者であっても普通の人と異なりません。
宗教のよさが生きていません。

信者が宗教を信じ、さらに広めようとするのは、神のためではなく、宗教団体のため、ひいては自分のためということになります。

この問題はすべての宗教信者について言えると思います。

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2006.09.14

晩夏の富士山

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箱根大涌谷から見た晩夏の富士山です。
雲が上に立ちましたので噴火しているかのように見えます。

霊峰富士と言いますが遠くから見ると本当に美しい山です。

私は静岡県の西部で育ちましたが、家の二階から富士山を見ることができました。
緑の山並みの上に小さく青い富士山が頭を出していました。

そして今住んでいる横浜の町からも富士山を見ることができます。
緑の丘陵の上に青い富士山を見ることができます。
横浜から見る富士山はかなり大きく見えます。

50年前、高校時代、高校の友人と二人で登ったことがあります。
富士宮口から登りましたが樹林帯の麓から歩いて登りました。
5合目を過ぎると雨が下から吹き上げるひどい天気になりましたが、夜を徹して登り、早朝に頂上に立ちました。
全身濡れてあまりの寒さにぶるぶる震えながらご来光を見ました。

その後頂上まで登ったことはありません。
苦しかった記憶のためかまた登りたいと思いません。

今は5合目まで車で簡単に行けます。
夜行きますと星々の美しさに感動します。
横浜では決して見ることができない天の川もきれいに見ることができます。

富士山スカイライン新5合目から宝永山には歩いて簡単に行けます。
宝永山の火口の富士山側の斜面が大きく崩れていますが、その高くて広大な斜面を岩石がかなりの頻度で砂煙を上げながら落下してくるのが見えます。
宝永山の火口は落下してきた岩石で埋まり、今は浅い窪地になっています。
この宝永山のへりに立ち、上を見上げていると自分の小ささを実感します。

やがて富士山は崩落で形が大きく変わるだろうと言われています。
しかし変わっても多くの人々に愛され続ける名山でしょう。

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2006.09.11

日本と世界は切り離せない

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世界の人々は自由にブッシュアメリカ大統領を批判します。
外国を差別をしている、人命を軽視している、戦争は不当である、アメリカの国際収支赤字を放置するのは無責任と厳しく批判します。
当然のことです。
アメリカ大統領の言動が世界に悪影響を与え、さらには自分に悪影響を与えるからです。
少なくともそう思うからです。

したがって小泉総理が隣国の人々から批判されても驚くべきことではありません。
隣国の人々は日本の総理の言動が自分に悪影響を与えると思うからです。

私達だって悪影響を受けると思えば隣国の長を批判します。
あれはやめよ、これはやめよと主張します。

各国が影響を与え合っている世界の現状をしっかりと認識できないと、外交はもちろん、内政もできないでしょう。
私達は国意識は強いようですが、世界意識はまだまだ乏しいと思います。
日本は今や世界に大きな影響を与える国になっているということを認識すべきです。
世界に通用する法とは何かと考える思考がないと内政も外交もうまく行かないでしょう。

こういう視点で総理職のあるべき姿を考え直してみてはいかがでしょうか。

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2006.09.08

政府の大借金放置は非常に危険

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奥多摩。中央の岩山は稲村岩。その奥に見える山は八丁山(1280m)。
そのまた奥に東京都の最高峰雲取山(2017m)がありますが見えません。

政府の大借金は、人々を非常に苦しめることになりますが、どうして人々はこの問題を放置するのでしょうか。

政府を合理化すると政府からの仕事が減るから困る。
サービスの質が悪くなるから困る。
増税は困る。
今後も借金して政治をやってほしい。
政府が返せなくても貸した人はお金があるから困らない。

ということでしょうか。

甘いと思います。
貸した人は政府に対してそんなにやさしくありません。
借りたものを返さないとはけしからんと言って政府にものすごい圧力を加えるでしょう。
政府は税金の大半を元利の支払いに回すことになるでしょう。
これでは人々は何のために納税しているかわかりません。

その先何が起こるでしょうか。
政府倒産です。
円の価値が大幅に下がるでしょう。

このとき被害を受けるのは貸した人だけでしょうか。
すべての人が被害を受けます。
苦しさは弱者の方がはるかに大きいと思います。

解決策としては借金の継続ではなく課税強化がいいと思います。
具体的には、消費税率を上げるのではなく、累進課税の税率を上げるのがいいと思います。
累進課税とは所得額または課税物件が多くなるほど税率が高くなる課税です。
金持ちから借りるのではなく、税を多く納めていただく考えです。

課税強化は政府の合理化を求める人々の声を大きくします。
すると政府はしぶしぶ重い腰を上げ合理化を始めるかもしれません。

人々がやるべきことは選挙で、消費税ではなく、累進課税を主張する立候補者に投票することではないでしょうか。
同時に政府の合理化が、産業、福祉・環境、隣国や世界との交流の軽視にならないよう立候補者を選別することも忘れてはならないと思います。

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2006.09.05

初秋の朝

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長野県八ヶ岳の東側の清里高原

コオロギの美しい声を聞きながら眠りにつき、朝は涼風で目覚めるようになりました。
部屋の中に差しこんでくる朝の光に何となく穏やかさを感じます。

初秋の朝の感覚が大好きです。
この平和な朝が人生の出発点であれと思います。

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2006.09.02

山の木の種の採取

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今日は森林ボランティア活動で山の木の種を採取するため東京都奥多摩の酉谷山(1718m)南東斜面の谷川の近くにある巨木のミズナラやブナノキの枝の下にネットを張ってきました。
ミズナラ、ブナノキは日本の代表的落葉高木です。

なぜ巨木を選ぶのか先輩ボランティアに聞きますと、種が巨木になる遺伝子を持っているのではないかと期待していると言っていました。
科学的なお話しではないかもしれません。
ネットを空中に張っておきますと、落ちた種がネットの中央部にたまります。
また空中にありますから集めた種が鹿などに食べられません。
1か月後にネットを回収します。

トチノキの種も採取すべくネット張りできる巨木を探しましたが、いずれも斜面が急峻で作業が危険でネット張りは諦めました。
代わりに落ちた種を拾い集めました。
ほとんどの種は鹿などに食べれてしまっていますが、鹿などの食べ残しを拾うだけでも1人30分ぐらいの作業で50個ぐらいは拾うことができました。

奥多摩の山は急峻で谷は深く、ここが東京都と思う秘境です。
今日の奥多摩は晴れ、気温25℃、森の中は涼しく感じました。
見上げると木の葉が濃緑ではなく新緑のよう見えます。
だから森が明るく感じました。

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