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2006.11.04

学校教育

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岩手県南部の厳美渓 渓谷の川下、渓谷の終わる部分の穏やかな情景です。

必修科目を教えていなかった普通高校が約10%あることがわかりました。
実際はもっと多くて、25%ぐらいではないかとの説もあります。
日の丸君が代だけでなく、教科についても文部科学省と学校に考えのずれがあるようです。

私は普通高校を卒業しました。
いわゆる受験校で、毎年大勢の人が大学に入学しました。
この高校は、今問題になっている、必修科目を教えないということはありませんでした。

しかし、2年生から、3年生と一緒に模擬試験を受ける仕組みがありました。
各科目の点と総合点について、2年生、3年生を一緒にした順位が廊下に掲示されました。
つまり2年生から受験競争下に置かれた訳です。
総合点で2年生から上位10位以内に食い込む人がいてすごい高校だと思いました。

ところが私は3年生前半まで受験競争をそれほど意識しませんでした。
思春期の高校生がよく陥る憂鬱に私も陥っていました。
高校で学ぶ目的を見失い学問に力が入りませんでした。
訳もわからず深刻ぶって考えてばかりいました。

したがって模擬試験の総合順位はひどいものでした。
成績は科目によって非常にむらがありました。
好きな化学は2年生から毎回100点を取りました。
数学は中学では好きだったのに高校では嫌いになってしまい、恥ずかしい成績でした。
英語に至っては最低でした。

これでは大学に入れないと思い、3年生の後半はまじめに受験勉強をやりました。
4当5落と言われていましたが、私は睡眠時間は5時間ぐらいでした。
学校から帰ると、ひたすら受験問題集を解き続けました。
あれこれ考えることはやめ、馬鹿のように問題集を解き捨てていきました。
おかげで浪人せず大学は無事入学しました。
この受験勉強はいわゆる一夜漬けであったと思います。

この高校は今でも全国屈指の受験校であることを誇りにしています。
大学に入学できたのだから私は感謝すべきかもしれません。
しかし物足りないものを感じます。
人生の師に会わなかったからです。

とは言え、高校生の個性に応じた学校教育は非常にむずかしいことです。
大学受験という目標は高校生にとってわかりやすいと思います。
親もいい大学に入学させれば就職は何とかなると思うでしょう。
普通高校が大学受験に教育目標を設定する気持ちはよくわかります。

したがって大学の入学試験内容を高校生の将来に役立つようなものにし、もって普通高校の教育の改善をはかることは現実的方策と思います。
普通高校が、受験校としてではなく普通高校として教えるべきことを教えれば生徒はおのずと大学に入れるというのが望ましい姿です。
不合格にするための必要以上にむずかしい大学の入学試験内容が高校教育を駄目にしているということはないでしょうか。

なお、やさしい問題も解けない高校生が増えているという問題は、学校の責任だけでなく、家庭にも大きな責任があると思います。
現代の家庭は、親は、家庭では教育をせず、家庭の仕事もさせず、遊んでいいような雰囲気の中に子供を置いています。
これでは子供は学問の目的を見失い、学校でも遊ぶようになります。

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