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2006.11.28

自我否定の矛盾

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宗教的あるいは道徳的な人の中に自我を捨てよとか、私は自我を捨てたと言う人がいます。
しかし自我を捨てた人はいるでしょうか。

自我を捨てる主体は何かと考えてみるといいと思います。
それは自我です。
つまり自我が自我を捨てたと言っている訳でから実は自我は存在しています。
矛盾です。

矛盾と批判されると彼らは面白いことを言います。
「私が言ったのではない、神が言われた」などと言います。

仮に神が言ったとしても、神が言ったと思ったのは自我です。
そして神が言ったと言ったのは自我です。

もっと面白いことを言う人がいます。
「私は自我ではなく、神である。」
真実なら矛盾ありません。

ところが彼らは普通の人と全然変わらない生活をしています。
変わっているのは口で「私は神である」と言うことだけです。

確かに自我は神であるという思想はあります。
しかしこの場合は自我を神と言っている訳ですから自我を捨てたことになりません。

自我を捨てることが不可能なら、自我を肯定し、自我のあり方を考えた方がいいと思います。

私は自我は人の命(Human Life)の次に重要なものだと思います。
人生とは人の命と自我の二人三脚だと思います。

(注)ここで人の命とは、精神本体、つまり精神全体から自我を引いた基本的精神、原始的精神、原精神のことを言います。
自我未発達の時代に人に作動していた精神と考えるとわかりやすいと思います。
人は、数千万年、数億年、もしかすると数十億年かけてウイルスのような状態から人に進化してきたと考えられます。
精神本体も気が遠くなるような長年月をかけて発達してきました。

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