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2007.02.27

しんがり泣かせ

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丹沢 左が大室山(1588m)、中央が檜洞丸(1601m)、その右ちょっと奥に見えるのが蛭ケ岳(1673m)。
丹沢では蛭ケ岳が最高峰です。

70歳前後の老人グループが山にハイキングに行きました。
山を登り始めるとまもなく一人が遅れだしました。
しんがり(一番後ろの人)を務めた人はその人のペースに合わせて登りました。

ところが、遅れた老人は、しんがりが後ろから登ってくるとマイペースで登れないから先に登ってくれと言い張りました。
しんがりはそんなことはできません。
「気にしないで下さい。休み休みゆっくり登りましょう。何かあったら何でも言って下さい」と言いました。
ところがこの老人は「後生だから一人にしてくれ」と言い張りました。
説得は不可能と判断したしんがりは適当に先に行っては、遅れた人の様子を気付かれないようにそっと観察していました。

こうして何とか全員が目的地につきました。

下りは今度は別の人が遅れだしました。
休み休み何とか乗り物がある所まで下りました。
この人はしんがりに先に言ってほしいとはいいませんでした。
むしろしんがりが一緒にいてくれて安心だったようです。

しんがりにとってどちらが助かるかと言うと、もちろん後者です。
前者は、まさにしんがり泣かせです。
しんがりが、遅れた人を一人にして先に行くことは許されないからです。

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2007.02.24

海外旅行がこわい国が増えた

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オーストラリア Blue Mountain シドニーの友人撮影

別に海外旅行に行かなくてもいいですが、あの国に行くのはこわいという国が増えたことは悲しいことです。
アメリカが攻撃したり攻撃されたりしていることは世界の治安を悪化させた大きな原因の一つです。
世界中の攻撃的な人々の心に火をつけてしまいました。
そして兵器産業を元気にしてしまいました。
アメリカはいろいろな面で世界に迷惑をかけていますが、その最たるものがアメリカの戦争です。

ところがアメリカの戦争を世界の警察行為と思っている人がいますのでこれまた迷惑です。
アメリカに世界警察として戦争を担当させるためにアメリカの不法は黙認するという考えがあります。
ほとんどの国は戦争などやりたくありません。
もし無法国家が現れたらアメリカが戦争を担当すればよいという打算があるのでしょう。

しかし戦争は警察行為かどうかよく考えた方がいいと思います。
そうでないことは日本の警察を考えればよくわかります。
警察は、犯罪を捜査し、証拠をかためて容疑者を逮捕し、裁判にかけます。
犯罪に関係ない人を殺してまで容疑者を逮捕するようなことはしません。
また正当防衛でないかぎり、容疑者を殺すことはありません。

ところが戦争では容疑者を逮捕するなどと考えません。
容疑者を殺そうとします。
乱暴なことに犯罪と関係ない人を殺してまで容疑者を殺そうとします。
戦争が警察行為であるなどという考えはおかしいと思います。

世界の治安を回復し、維持する方法について現代はあまりにも議論が足りないと思います。 

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2007.02.22

政府より人

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昨日、10才の時太平洋戦争で父を亡くしたという方にお会いしました。
父は軍人でフィリピンのマニラを船で出たらしいということしかわからないそうです。
軍人の居所、移動については当然のことながら当局が記録をとっていたと思いますが、戦乱の中で記録が失われてしまったのでしょう。
あるいは敗色濃い戦争後期には記録もいい加減であったかもしれません。
彼は、今日においても父に関する情報がないかと機会あるごとに調べているそうです。

ところで戦後政府は軍人も含め日本人の消息をどの程度真剣に調査したでしょうか。
政府は、戦中のみならず戦後も日本人の命を軽く考えていたのではないでしょうか。

政治家は、現在の日本を嘆き、戦前はよかったと言わんばかりの復古的なことを主張していますが、昔の政治がいかに人命軽視であったか知っているのでしょうか。
列強に伍して日本の国威をあげたいと思った当時の国家主義者達が、人命重視という最も基本的な道徳を持っていたとは到底思えません。

自由と民主主義とは、政府に強大な権力を与えすぎないための人類の知恵です。
私達自身が、自分の命と自由を守るという思いを失い、自分の命と自由を政府に預けるような馬鹿なことをしたら戦前戦中のように再び国家主義的な政治家の思惑で私達の命が消耗されるでしょう。

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2007.02.18

政府の借金と言ってもらいたい

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政府も報道機関も、国の借金は830兆円、つまり国民一人当たりの借金は650万円などと言います。
これではまるで私達が一人当たり650万円借金しているように聞こえます。

しかし830兆円が私達の借金と思っている人はいないでしょう。
また政府をしてこれほどまで借金させたと思っている国民はいないでしょう。
つまり政府や国会が無責任に大借金をつくったと言っていいと思います。

したがって私達に責任を転嫁するなと言いたいと思います。
国ではなく政府が830兆円借金していると言ってもらいたいものです。

ところで政府はこの借金を返せないでしょう。
政府は反省してまじめに節約すべきなのに相変わらず散財しているからです。

貸したつもりはないのですが、私達の預貯金が回り回って政府に借りられてしまいます。
近年は日本銀行まで政府の強い要請で貸しています。

税金の半分弱が政府の借金の返済と金利の支払いに当てられている現状は異常の一語につきます。

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2007.02.15

自分の仕事や事業を確立しよう

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政治に関する日本人の最大の関心は年金だそうです。
保険金(掛け金)を払っても年金をもらえないのではないかとか、もらっても生活できないのではないかということでしょう。

大借金で政府が実質破綻していることを思うと人々が年金について不安に思うのは当然です。
今後は人口が減少し、経済が縮小すると予測されています。
税収も減りますから政府の破綻は意外に近いかもしれません。
政府が破綻すれば年金制度も崩壊します。
安倍内閣が女性はもっと子を産めと言う理由は、このままでは政府は破綻すると恐れているからです。
今後大借金政府は、人々にとって耐えがたい重荷になり、人々の自由を奪うでしょう。

しかし政府に絶望しては税金の払い損です。
今度の参院選では政府の合理化、近代化、建て直しを最大のテーマとするのがいいと思います。

それでは今後の生活は政府の建て直しで安心かというとそのようなことはないと思います。
建て直しできないかもしれないからです。
つまり、変なお話ですが、政府は破綻すると考えておいた方が安心です。

重苦しい社会が何年あるいは何十年続くかわかりません。
このような社会でも人々が存在する限り仕事や事業があります。
未来の年金の心配をするより社会が必要とする仕事や事業を行なっていることの方が大切と思います。

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2007.02.12

無理して結論を出さない方がいい

228

北朝鮮に対する現在の日本の制裁については、感情的でやりすぎと思いますが、今行なわれている6か国協議における北朝鮮政府の主張を聞いていると非常識と思います。
外交はかけひきという面がありますが、それにしても原子炉を停止する北朝鮮政府の見返り支援要求はひどすぎます。
今回は無理に妥協せず、話し合いはまたこの次ということにした方がいいと思います。

すると北朝鮮政府は意地になって核兵器とミサイルの開発を続けるかもしれません。
しかし開発費は莫大でしょう。
したがって北朝鮮政府の相手をしすぎなければ北朝鮮政府も張り合いがなくなって馬鹿馬鹿しい核兵器とミサイルの開発を中止し、政治を経済重視に変えるかもしれません。

国連安保理の決議に従がい世界は、北朝鮮の核兵器、、ミサイル、その他関連資材、機器、情報などの輸出入を防止するということでいいのではないでしょうか。

現在は北朝鮮政府の手にのってほかの5か国が北朝鮮政府の相手をしすぎと思います。
特にアメリカの動きが異常です。
北朝鮮政府の相手をしすぎです。
しかも対応の仕方の振幅が大きすぎます。

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2007.02.09

人命の重視は基本法

227

法を重視すると法に縛られます。
法を軽視すると法から自由ですが、今度は自分あるいは他人に縛られます。

ところで自分も他人もいい加減なもので、その時と場所で考えが変わります。
昔あっちと言っても今はこっちと言うようなことが起ります。
よく考えが変わると信用を失います。

不動の精神を持つためには法を重視する必要があります。

ところが法と言っても人間がつくった法をあれもこれも重視したら身動きがとれなくなります。
第一、普通の人が不文法(慣習法、判例など)と成文法に精通するなどということは不可能です。

そこで普通の人は、基本的な法を学び、それを人生に応用して生きます。
宗教を信じる人が多いのですが、いい悪いは別にして宗教が概して基本的な法を包含しているからだと思います。
不動の精神を持ちやすくなり、生きやすくなるからだと思います。

基本的な法の最たるものが人命の重視ではないでしょうか。
人命には自分の命も他人の命も含まれます。

今日本にある最大の課題はこの人命の重視という基本的な法に対する価値観が揺らいでいることだと思います。
自分のことは考えるが他人のことは考えない非人間的言動が目立っていると思います。
宗教心がないという言い方をする人が多いのですが、宗教は千差万別ですから、人命重視の心がないと言った方がわかりやすいと思います。

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2007.02.06

鳥インフルエンザ

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鳥インフルエンザで鶏が死ぬと、同じ鶏舎の鶏を全部処分し、鶏舎やその周辺を消毒します。
鶏はもののように廃棄処分されます。
鶏は卵を「産む機械」のようです。

免疫のことはわからないのですが、鶏の中には免疫を持っている鶏はいないのでしょうか。
野鳥が鳥インフルエンザを媒介すると言われていますが、今年は野鳥の死がそれほど報告されていないように思います。
とすると野鳥は感染しても免疫を持っていて発病しないということが考えられます。
鶏でも免疫を持った鶏がいるのではないでしょうか。

ところで人間が新しいインフルエンザで死んだら厚生労働省は何をするのでしょうか。
同じ町の人間を全員隔離し、町やその周辺を消毒するのでしょうか。
免疫を持った人もいると思いますが、区別することなく病人扱いするのでしょうか。

柳澤伯夫厚生労働大臣の、女性は子供を「産む機械」、つまり人間も機械というお話しを聞いた後ですので、つい変なことを想像してしまいます。

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2007.02.03

小中学校に教育バウチャー制度は不適

S216

教育改革の方法として安倍総理は教育バウチャー制度を主張しています。
学校に競争原理を導入し、学校の水準を上げたいと言います。

バウチャー(voucher)とは、保証するものという意味ですが、教育バウチャー制度では生徒あるいは保護者が学校を選び、入学する権利を保証する証書という意味のようです。
利用券という翻訳があります。

1. 子供のいる家庭が行政からバウチャーと呼ばれる利用券を受け取る。
2. 公立、私立を問わず、子供が通いたいと思う学校に利用券を提出する。
3. 利用券の枚数に応じて、学校側が運営資金を得る。
という仕組みだそうです。

バウチャーが集まった学校は、学校運営がやりやすくなり、先生、施設、設備などが充実するでしょう。
それでは利用券が集まらなかった学校は、競争意識を出して頑張るでしょうか。
バウチャーが集まらなかった学校は差別されるでしょう。
差別された学校の大半は元気を失うでしょう。
学校間格差が拡大するでしょう。
バウチャーが集まらなかった学校に入った生徒はいったいどうなるのでしょうか。

地域と学校の関係は非常に深いと思います。
地域の学校だからこそ地域の特徴、歴史を教えることができ、子どものふるさと意識、町意識が育ちます。
ところがこの制度では世間の評判で地域外の学校に子どもが通うようなことが起こります。
遠距離通学する子どもは、地域のことも学ばず、地域の友達と付き合うこともせず、学校で学問するだけでしょう。
頭がよくても非社会的な人になりやすいと思います。

乱れている学校、水準が遅れている学校、違法までやって予備校化している学校については、あえて有能な校長、教頭を送り込んで改善をはかり、同等の質の教育を子供に提供するのが政府、教育委員会の責務と思います。

なお、高校以上については学問が専門化してきますので教育バウチャー制度の導入は検討の余地があると思います。

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