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2007.03.05

心が自由だけでは不自由

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熱海梅園

近年政府は、思想の自由は侵害していないと言いながら実は侵害することが多くなってきました。
個人の行動の自由を制限しても思想の自由を侵害したことにはならないという論理は誤りです。
人は考えたことを行なうからです。

政府が威張る社会では政府の罰を恐れて人々は行動の自由を失い、心の自由だけが楽しみになります。
しかし心の中だけ自由という社会は暗い社会です。

具体的に言いますと、政府は、日本人だったら日の丸に頭を下げる、君が代を歌う、などといった社会的雰囲気作りを展開しています。
日の丸君が代が国旗国歌ではないと教える先生は問題ですが、日の丸に頭を下げないとか、君が代を歌わない先生がいても別に問題ありません。
もしその先生がちゃんと自分の行動について説明するならその先生は教育的です。

日の丸君が代に賛成反対のいずれであっても、日本人だったらこうする、こうしないと、断定的に教える先生は、思考力が乏しく非教育的です。

政府は、規範意識を強調し、政府が考える行動規範の中に人々を閉じ込めようとする動きを示していますが、政府の権限を強くし、個人の権限を弱めて、政府主導の政治をやりやすくしたいとの思惑があるのでしょう。

どうして政府は大きくなりたがるのでしょうか。
今一番政府が恐れていることは、財政破綻について人々から批判非難され、政府は無能である、間違っていると言われることでしょう。
そこで政府は権威保持のため一生懸命です。

犯罪が増えたのは人々が悪いからだ、犯罪を減らすため政府主導で教育を変える、などと言い、あたかも政府だけが正しいかのように思わせています。
隣国の脅威を必要以上に強調するのも、もし政府がなければ人々は隣国の脅威にさらされて困るでしょうと人々に思わせたいからでしょう。
借金で首が回らないのに国連安保理常任理事国になりたいと言います。
自分(政府)をよく見せたいのでしょうが、苦しむのは人々です。

政府は、政府の合理化は非常にむずかしい、そこで増税したいと言います。
そのとき合理化で福祉を切り詰めたら困るでしょうと人々を脅します。
どうして合理化というとすぐ福祉の切り詰めになるのでしょう。
変だと思いませんか。

私達は政府の思惑を読まないと政府に騙され続けるでしょう。
今年の地方選、参院選は、政府の合理化と、政治の近代化を真剣に考える候補者に投票したいものです。
無駄が多い政府に税金を納め続けるのは空しい行為です。

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