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2008.01.29

餌に群がるうなぎ

A95
うっすらと雪化粧した奥多摩の山

約20年前政府から私が勤めていた会社に社団法人をつくりたいというお話しがありました。
社長から検討せよと私に指示があったのでいろいろと調査しました。
設立の必要性なしとの結論に達したので、社長と相談の上、社団法人に参加しないと政府に回答しました。

政府の課長が私を呼びました。
課長は窓際に立って、外を見ながら私に、「ちゃんと社団法人に補助金を出す。あなたの会社に仕事を出す。あなたの会社が参加してくれないと社団法人の格好がつかない。考えを変えてほしい」と言いました。
私は参加しない理由をいろいろな観点から説明しました。
すべてもっともな理由だったようで課長は私を説得することを諦めました。

それから数日して私は社長から呼ばれました。
「あなたにはいろいろ検討してもらったが、社団法人設立に賛成することにした。あなたを社団法人担当にする。うまく政府とやってくれ」とのことでした。
裏はすべて読めました。

やがて社団法人が設立され、常務理事として政府の元局長が天下ってきました。
政府の課長が言ったとおり、社団法人に補助金も出たし、私の会社に仕事も来ました。

私達は、政府の外郭団体とは何か、政府幹部職員の外郭団体への天下りとは何か、政府が税金を使って会社をいかに操っているか、どのように税金が補助金として消えていくか、実態をよく知る必要があると思います。

今下げない下げろと論争しているガソリン税等ですが、道路特定財源として本当に必要な道路の建設に回っていると思ったら大間違いです。
年2-3兆円ですから群がる人は政府からも政党からも会社からも無数です。
確かに道路は建設されますが、その価値を評価したら1兆円以下ではないでしょうか。
残りはすべて餌に群がるうなぎのように強欲な人の胃袋に消えていきます。

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2008.01.25

たっぷり吸ったスポンジを絞った方がいい

A93
ときどき孫と自作の凧をあげに行きます。糸に風を感じ、楽しいものです。

大赤字が続き政府は実質破綻しています。
すべての人が政治と税制に関心を持つといいと思います。

政府が大赤字であるのは不良政治のせいです。
しかし政府は増税を考えますが、自分を合理化することを考えません。

増税を認めると政府や自民党・公明党を甘やかすことになります。
ここは厳しく、反対に減税を求めた方がいいと思います。
政府のサービスが劣化すると脅されても減税を求めた方がいいと思います。
自民党・公明党をして政治の近代化に舵をきらせるためです。

政府税制調査会(総理の諮問機関)は近年まともな答申を出したことがありません。
有識者が委員と聞きますが、知識があっても政治や税制の改善意欲のない人は役に立ちません。

ガソリン、アルコール飲料、タバコなどは、高額な物品税をかけた上、その総額に消費税をかけています。
物品税を払うことは消費ではありません。
意味不明の税制はやめた方がいいと思います。

あえて増税を考えるなら、消費税率を上げることではなく、所得税の累進性を上げた方がいいと思います。
金持ちは余剰金をかかえてマネーゲームに夢中になっています。
貧乏人は生活に苦しんでいます。
格差を是正すると言いますが、自民党・公明党が問題にする格差は貧富ではありません。
金持ちからも貧乏人からもできるだけ平等に同じ税率の税金を取りたい、それが彼らが言う格差是正です。

年収100万円の人は生活のため全部お金を使うでしょう。
消費税率を10%にしたら95万円の消費が90万円に減ります。
生活が非常に苦しくなります。

自営業以外は自分で所得税の確定申告をしません。
これでは政治意識も税意識も身につきません。
すべての人が所得税の確定申告をするといいと思います。
計算は簡単です。
自分で確定申告すると現在の政治や税制が妥当かよく考えるようになると思います。

政治に怒りを感じると人々は納税したくないと思い、収入や事業・仕事経費を偽り、所得を減らして脱税します。
納税状態は政治の善し悪しの判断尺度になります。

公的年金、健康保険の掛け金は一種の所得税です。
これらの掛け金を含めて所得税を見直すと、掛け金の徴収を合理化できます。
公的年金、医療費を税金から支払う仕組をつくることができます。
なお公的年金は一つとし、すべての老人の普通の生活を保障する金額でいいと思います。
大臣経験者も一般の人も同じ年金額でいいと思います。
その金額に不満の人は民間の年金制度を利用するといいと思います。

介護保険ですが、最初からこの制度は欠陥制度です。
掛け金を払ってもまともな介護を受けることができません。
したがって介護保険は健康保険に統合し、医療の充実を図った方がいいと思います。

私は介護保険制度が始まった当初、当局に介護保健制度の目的を聞きました。
政府が老人の世話をするということでした。
当初、社会はよくなったと思いましたが、今はがっかりです。
年金から掛け金を天引きされていますが、当局が私の生活状態について心配してくれたことは一度もありません。
当局はお金をとるだけです。

健康保険は自己負担が30%では貧乏人は医療を受けることができません。
自己負担率を減らすべきです。

人が大いに働き、大いに儲けることは結構だと思います。
金持ちに、より多く税を払っていただけばいい訳です。
戦後の日本はこの考えで概して健全な社会を建設しました。
マネーゲームに回るお金の一部を税金に回していただくことが今後の税制改善になります。
しぼった貧乏人雑巾をさらにしぼるより、たっぷりお金を吸った金持ちスポンジを絞る方がいいと思います。

近年は、税の平等を重視して、貧富の格差を大きくし、金持ちと貧乏人が二極分化する不健全社会になっています。
それでよしとしている自民党・公明党の党員はきっと金持ちであり、金持ちの味方なのだと思います。

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2008.01.22

アメリカが先生ではいけない

A91

アメリカの住宅産業が拡大するということで世界からお金がアメリカに流れ込んでいたのですが、その住宅産業が不調であることが昨年はっきりし、世界の金融機関が大きな損金をこうむっています。
アメリカでは景気と住宅産業は非常に関係が深いそうです。
住宅産業以外に景気に大きな影響を与える産業はないそうです。
したがってアメリカの景気は当分よくならないでしょう。

ドル安になるとアメリカの輸出が増えます。
輸出増加で元気になる産業が出てくると思いますが、現時点では何が有望な産業かわかりません。
もし有望な産業がないとするとアメリカは金融商品開発も不調でしょう。

日本の産業も要注意です。
日本でも有望な産業がないと言われています。
アメリカ先生に習って第三次産業の勉強ばかりやっていると、技術開発と生産が弱くなります。

外国で生産するという考えもほどほどにすべきです。
日本の労働賃金が下がってもいいから日本で生産すべきです。
やがて外国の労賃が上がって、日本の労賃は下げ止まります。
もし技術開発を重視しているなら、日本の労賃がちょっと高くても輸出は可能です。
家庭も学校も会社も、技術開発と生産重視の考えを捨ててはいけません。

今売れっ子の著名な金融・経済評論家が日本の製品は外国では性能がよすぎるため収益性が悪いと言っていますが、彼の言葉を信用して性能を落としていると、技術開発力を失うでしょう。

大田弘子内閣府特命担当大臣(経済財政政策)は、日本の一人当たり国内総生産(GDP)が経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で18位に低下したと嘆いています。
しかしGDPの中身が問題です。
将来性は金額順位ではないからです。
大田大臣の対案は第三次産業重視で、未来を睨んでいません。
今労賃が高い産業を重視していると、気付いた時は輸出するものがないという厳しい状態に陥るでしょう。

アメリカは、今は不景気でも、国土が広く、第一次産業を基礎として第二次産業、第三次産業の建て直しができます。
日本はアメリカとは条件が違います。
日本は輸出が命です。
そのためには絶えざる技術開発と生産が必要です。
国内で第三次産業でみんなが生活できるなどということはありえません。
一部の人が世界で産業を展開してもすべての人が世界で活動することなどありえません。

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2008.01.19

農業改革

A88
横浜ですが通常アロエは外においておくと枯れてしまいますが、私の家のアロエは枯れるどころか見事な花をつけています。
温暖化している証拠でしょうか。
この温暖化は農業にはプラスに働くのではないでしょうか。

1月18日の福田康夫総理の施政方針演説の記録を読みました。
従来の政策を変えないで生活者重視と言っても生活者重視にならないと思います。
福田総理は従来の政策で問題がどんどん大きくなっていることを反省すべきでした。
自民党・公明党の政治では問題解決は無理だと思います。

農業も問題になっていますので、私の考えを書いてみます。

現在の農業者をそのままにして農業改革はできないと思います。
農政が悪かったと思いますが、農業者はもっと悪かったと思います。
多少お金が貯まったときそのお金を未来の農業に生かすことをしませんでした。
調査研究、企画、システム開発、技術開発、組織化に投資しませんでした。
海外観光旅行に行きましたが、海外の農業調査研究旅行には行きませんでした。
農政に頼り、農業者が農政を動かす企画を持ちませんでした。
そして今では農業者の高齢化、農業経営意欲喪失、農業改革について優柔不断、農地を農業手段としてではなく単なる私有財産と考える思考、・・・。

もちろん真剣に農業経営を考えている農業者はいます。
しかし総合的に見ると農業者の農業改革意欲は弱いと思います。
この農業者を保護することでどうして日本の農業がよくなるでしょうか。

農業経営意欲のない農業者に代え、個人であろうと会社であろうと、本当に農業経営をやりたい人にまとまった農地を提供する仕組みをつくる必要があります。
今後の地方政府の重要な仕事は、農業地域の指定、農業地域の整備、真の農業経営者へのまとまった農地提供ではないでしょうか。
会社に農地を提供すると会社は農地の用途を変えるかもしれないという批判がありますが、地方政府によって農業地域が農業地域として指定されていれば転用の恐れはありません。
農業経営に失敗したらその会社には農業から引退してもらえばいいことです。
この種の法律整備は社会主義的すぎると農業者のみならずほかの人々からも反対があると思います。
しかし農業を農業らしくするためには改革が必要です。

農業地域指定地域内の土地所有者については所有地の評価に応じて株式を発行すればいいと思います。
現金をほしい人は、株式を売ればいいと思います。
農業をやりたい人は、株式保持売却関係なく、経営者としてあるいは従業員として農業経営に参加すればいいと思います。

農地を私有財産と考える農業者が、自分の考えで勝手に、農業以外の用途に農地を売却していったら、まとまった農地はなくなり、地域はほかの用途を含んだ虫食い農業地域となり、そこでは近代的農業経営ができません。
すでにほとんどの農業地域が虫食い農業地域になりました。
中央政府、地方政府、農業者が農業を軽視してきた証拠です。

私の考えは、素人の机上の考えかもしれませんが、現在の農業者を保護するという従来の方針では農業改革が実現しないことは明白です。
農業の重要性について否定する人はいません。
現在の農業者、そのほかの人々にもできるだけ納得していただける方法で本当に農業経営をやりたい人に農業をやってもらえる仕組みづくりが必要と思います。
従来の農業者ではない人や会社の農業参入を自由にすべきと思います。

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2008.01.16

大人も子供も戦争ごっこ

隣国から攻撃されると思ったら攻撃される原因を研究し、論理的に不戦交渉するのが普通です。
今の日本変です。

戦時中、1945年、私は子供で浜松に住んでいましたが、近くの公園の広場に高射砲が置いてありました。
飛来するB29というアメリカの爆撃機を撃墜するためでした。
B29が上空に現れると、町中にサイレンの音が鳴り響き、高射砲の激しい砲撃が始まり、B29の周辺に白い煙がいくつも立ちました。
しかしB29は落ちませんでした。
父に聞くと、B29は非常に高い所を飛ぶので砲弾は下の方で爆発しているのではないかとのことでした。

新宿御苑にPAC3というミサイル迎撃装置を配備するというお話しを聞くと、戦時中の浜松の公園を思い出します。
日本はとうとう戦争状態になったのかと思います。
いったい誰が日本をこんな暗い状態にしたのでしょうか。

防衛に注力する政府や防衛に肯定的な人々を見ると、昔も同じように政府も人々も戦争に肯定的になって日本は戦争を始めたのだと思います。
政府や軍部だけが悪かったのではなく、人々も悪かったのだと思います。

歴史は繰り返すと思うと悲しくなります。
この戦争の雰囲気を取り除く方法はないものかと苦慮します。
貧乏な人まで、防衛のためなら、国益のためなら貧乏に耐えるなどと言い出すのではないかと思うと悲しくなります。

自民党・公明党の政治に反対します。
戦争は戦争を肯定する心から始まります。
私達が戦争を否定しないと確実に戦争は始まります。
経済制裁は戦争ではない、インド洋におけるアメリカ軍への給油は戦争ではない、新宿御苑へのPAC3の配備は戦争ではないと思っていても実は戦争です。
すでに戦争を肯定しています。
やがて本当に戦争を始めます。

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2008.01.13

自民党・公明党ではなく私達が政治の主役

A86
冬枯れの横浜 舞岡公園

政府の最大の問題点は政府が大赤字であることです。
弱者が死につつあっても、政府はお金のないことを心配し、弱者を助けようとしません。
これでは政府の存在価値がありません。

政治担当政党である自民党・公明党は全力で政府建て直しに取り組むべきです。
ところが国会会期を2回も延期してまで可決した議案は、本当にテロ対策になっているのかよくわからない新テロ対策特措法でした。
アメリカの戦争への協力継続でした。
アメリカとの関係を心配しただけの無駄な出費です。

自民党・公明党は政策の重点化が全くできていないと思います。
政府の大赤字が続けば社会基盤改善も健康保険制度も年金制度もどんどん劣化します。
政府の動きはどんどん悪くなります。
人々は非常に生活に苦しむことになります。

今地球温暖化や非常に病原性が強い新型インフルエンザの爆発的流行が心配されていますが、お金のないことを心配している政府が人命第一の対策を講じるでしょうか。
犠牲者が大勢出ることはしょうがない、政府にはお金がないからしょうがないと考えているに相違ありません。

私達はもっと鋭い目で自民党・公明党を観察すべきです。
これらの政党が、自分達を支持する強者の側に立ち、生活に苦しむ弱者のことを考えないようにして楽な政治を行っていることを見抜くべきです。
政府は、借金を返すが返した以上のお金を借りて借金を増やしているのに借金返済に頑張っているかのように見せかけて人々を騙し、大赤字について一向に問題解決せず、さらには問題解決意欲を失っています。
どうしてこのような怠惰な自民党・公明党に私達は政治を任せるのでしょうか。

腐敗した自民党・公明党は処分すべきです。
それを判断し実行するのは私達人々です。

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2008.01.10

らしさを取り戻すため変わる、あるいは変える必要がある

A84

人が人らしくない、家庭が家庭らしくない、学校が学校らしくない、会社が会社らしくない、農業が農業らしくない、社会が社会らしくない、国会が国会らしくない、政府が政府らしくない、裁判所が裁判所らしくない、・・・。
現代はらしくないことばかりですね。

私達は、よく考えることをせず、また問題を解決せず、明日滅びるかもしれないことを考えないで、今日楽に生きることを考えて行動していると思いませんか。
問題を放置しますと、問題は確実に大きくなり、人や組織の破滅の原因になります。

最近10年間の貨幣価値の傾向を見ますと、ドル安、円安です。
背景にアメリカ、日本の産業の衰退があります。

評論家は、アメリカは経済運営が上手で、国際収支が赤字でも世界から資本を取り込み、世界一の経済を維持していると言います。
まるでそのことがいいことであるかのように論評しています。
そして日本もアメリカ先生に習えと言います。
日本人はもっと資本運用に上手になれと言います。
世界で成長している会社や産業に注目し、そこに投資し、株式などが上がった所で売って資本利得(capital gain)を得よと言います。

このような考えの裏側で確実に弱くなっているのが技術開発と生産です。
問題解決力です。

アメリカと日本は確実に経済が衰退中です。
別に成長しなくてもいいですが、質の低下は問題です。
技術開発と生産が弱くなりました。
問題解決力が弱くなりました。

月探査船かぐやの成功で日本は宇宙開発でも世界の最先端を行っていると希望を持った人が多いことでしょう。
日本の技術開発と生産はまだ大丈夫と思っている人が多いことでしょう。
しかし10ある内の1が頑張って浮かんでいても残りの9が1にしがみついている状態であったら1も沈み、結局10は沈むでしょう。
高収益の会社が1あって今は何とか国際収支を黒字に保っていてもやがてアメリカのように赤字に転落するのは時間の問題です。

同病あいあわれんでいるのか、自民党・公明党は、アメリカと同盟すると言い続けています。
アメリカを大型船とすれば日本は中型船です。
両船共に沈没したらものすごい渦巻きが生じるでしょう。
世界経済は大混乱でしょう。

日本がアメリカの経済を改善するなどというのは思い上がりです。
できません。
アメリカの国債を買い続けてもアメリカの経済はよくなりません。

日本はアメリカと一緒に沈没しないことを考えるべきです。
そのためにはアメリカとの同盟という考えを捨て、またアメリカを助けるなどと考えず、アメリカに提案、あるいはアメリカと友好ぐらいにし、行動の自由を得て、アメリカ流を学ぶのではなく、世界に学んでいただける日本らしさ、つまり技術開発と生産の重視に立ち返り、資本運用ではなく、生きるのに必要なものづくり、システムづくり、環境づくりで未来を生き抜くべきです。

日本が変わる、あるいは日本を変えるとすれば、政治担当政党を古臭すぎる自民党・公明党からほかの党に変えてみてはどうでしょうか。
自民党・公明党は腐敗しています。
C型肝炎患者救済で見せた自民党・公明党の行動は単なる選挙対策です。
より大きな社会福祉問題、税金問題で自民党・公明党は弱者に牙をむき出して来るでしょう。
問題解決力のなさを開き直りで見せつけて来るでしょう。
できるだけ早く自民党・公明党を処分しないと日本の政治は完全に駄目になると思います。

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2008.01.07

現代的法律教育、道徳教育の教本をつくろう

080107

中国では古代から国を治める方法は法律か道徳かという論争があります。
法律であると説いたのが法家です。
この法家と道徳家の論争が現代日本で再燃してきました。

戦後の義務教育では法律教育も道徳教育も中途半端でした。
実質なかったと主張する人が多いと思います。
法律教育も道徳教育も希釈されて、法律については戦後の法律知識(自由平等など)が、道徳については戦後も通用した知識が断片的に子供に教育されたと思います。

私は戦後教育で育ったものですが、深く法律や道徳を勉強したという記憶はありません。
憲法は大学の一般教養で初めて全条勉強しました。
民事訴訟法は会社に入ってから弁護士から講義を受けました。
道徳に至ってはまとまった道徳の本を教育されたことは一度もありません。
家にあった戦前の雑誌や本を面白半分で読んだりして昔の人の考えの古臭さを感じていたものです。
社会に入ってから自己啓発と思って仏教や儒教の勉強をしました。

どうしてここまで日本では法律や道徳の教育が軽視されたのでしょうか。
和魂洋才と言って、明治、大正、昭和の初期、アメリカやヨーロッパと激しく競争してきたのですが、第二次世界大戦でこれ以上の負け方はないのではないかと思われるような大敗を喫し、日本の人々は従来の心の拠り所であった和魂に自信を失ってしまったと思います。
恐らく戦前は庶民は法律より道徳を教育されたと思いますが、戦後日本の人々は道徳に自信を失ってしまった訳です。
一方戦後の法律知識も身に着いたものではありませんでした。
その結果、親や先生で法律あるいは道徳が日本人の命などと主張する人は一人もいませんでした。

現代の国会議員、大臣、政府の幹部職員、一般職員、会社経営者、従業員、そのほか子供に至るまで、その自己中心的な言動を見ますと、確かに法律教育、道徳教育が欠如していたと思います。

それではどのような法律教育、道徳教育を行うか、これが重要です。
法家と道徳家の論争は無益です。
法家も道徳家も相手の批判ではなく、それぞれ法律教育、道徳教育についてまじめに研究すべきです。

このとき、昔はよかったと言って古い教本を引っ張り出して来て、その勉強を家庭や学校でやらせるというのではあまりにも教育が貧困です。
現代人は現代の最高知識を生かして現代的教本をつくるべきです。
現代の法家や道徳家にはそのような創作意欲を持ってもらいたいと思います。
自分は昔の何とかいう教本の専門家であると言って、その教本を振りかざし、別の主張をしている専門家を否定しているのは不法、不道徳と思います。

宗教家についても全く同じことが言えます。
自分がよく読む古い教典を至上のものとしていますが、現代人のどれくらいの割合の人がその教典を勉強するか、教典の内容が現代に通用するか、まじめな研究が必要ではないでしょうか。
宗教家も現代的教本を書いていいと思います。
そのような創作意欲を持ってほしいと思います。

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2008.01.04

人の命

A82

新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

政治というと経済問題と考える人が多いのですが、人命の問題と考えた方が問題解決は容易になると思います。
昨年のC型肝炎患者救済問題は、福田康夫総理が政府の財政を心配して人の命に軽重をつけた結果、一気に国民的支持を失いました。
驚いた彼は一律救済を決心し、やっとこの問題は一段落しました。
政治は人命の問題と考えた方が解決しやすい例だったと思います。

人命と言いますと体のことを考えやすいと思いますが、精神はもっと重要と思います。
健康であっても自我が苦悩していますと健康であることが無価値になってしまいます。

精神は、精神本体とその表層に形成された自我からなると思います。
精神本体は、人類がウイルスのような状態から数十億年、数億年、あるいは数千万年かけて発達してきたもので、生きているすべての人に働いています。
死んだ人には働いていません。
精神本体は、生きている体と切っても切れない関係を持っていますが、生きている体だけで働いているものではありません。
生きている体と外なる環境との相互作用の中で実現しています。

精神本体は気が遠くなるような長年月をかけて人に実現しているものですべての人に共通です。
人のDNAに多少の差があるそうですが、その差をもっと弱めたような形ですべての人に共通です。

この精神本体を人は認識しません。
人が認識しなくても生きているすべての人に働いているからです。
あってあるものだからです。
この精神本体は自我以上の力で人を生かしています。
この精神本体を永遠と言う人がいますが、人類が滅亡したら消えます。
しかし一人でも生きている人がいればその人に働きます。
まぎらわしいですが、私はよく精神本体を人の命(Human Life)と呼んでいます。

精神本体と自我の関係は非常に密接です。
精神本体も自我も人が生きるため働いていますが、自我は精神本体が対応できないような外なる環境の変化に対応し、人を生きやすくしていると思います。
感情的になっている人に理性的に対応して無益な争いを避けるなどはまさに自我の働きです。
技術開発で生活を便利にしてきたのも自我の働きです。

どうも経済主義など政治は無機的になりやすいと思います。
人命、さらには精神的な人の命を大事にした有機的政治にすることが大切だと思います。

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