« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »

2008.09.29

自民党・公明党に限界

A250
御前崎 難破が絶えない非常に危険な海です。

9月28日中山成彬(なりあき)国土交通大臣が麻生太郎総理に辞表を提出し受理されました。
彼は前から視野が狭く、その上偏見が強い人として有名でした。
どうして麻生総理は彼を大臣に任命したのでしょうか。
常日頃自分と意見がよく合ったからでしょう。
とすると麻生氏自身も早い段階で行き詰まると思います。

福田康夫前総理が衆議院解散を避け総理職にしがみついて支持率をどんどん落としたように麻生総理も解散を遅らせれば遅らせるほど支持率が低下するでしょう。
自分の役割が衆議院解散であることを理解してほしいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.09.24

バブル防止のため政府は金融機関を法律で管理すべき

A248

金融不安がある中、生活や生産の場で概して価値が安定した状態で通貨が流通していることは嬉しいことです。
中央銀行の通貨管理技術が向上しているということでしょう。

それではどうしてバブルが膨張し、そして破裂するという金融の大波が生じるのでしょうか。
どうも中央銀行はこの大波を制御することができていません。

生活や生産の場で通貨が十分流通するように通貨を供給すると、大きな通貨の遊びがいくつも生じます。
すると人々はこの通貨を遊ばせておくのはもったいないと考え、馬鹿の一つ覚えのように投機を行い、バブルをつくります。

バブル制御は中央銀行だけではできないかもしれません。

ところで金融機関は自己管理できないようです。
やはり政府が法律でバブルを制御する必要があると思います。
投機の誘惑に負けやすい金融機関を法律で管理することが必要と思います。

個人は遊び金を持っていても個人でバブルをつくるほどの投機はできません。
個人を誘惑して大金を集める金融機関に問題があると思います。

年金基金のようなファンドについてもやはり金融機関が投機に誘惑しなければバブルをつくることはないと思います。
それから本来この種のファンドは政府が管理しやすいはずです。

政府はバブル防止策を真剣に考え、法律を設けても不法な投機に走る金融機関は経営者を厳しく罰した上、さらに消えていただくのがいいと思います。
自己管理できない金融機関は社会の迷惑です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.09.21

バブルは経済成長ではない

A246

経済活動が多様化し、いろいろなもの・サービスが提供されています。
多様化が問題とは言いませんが、中には経済混乱の原因になるもの・サービスがあります。
今回の世界的信用収縮の原因の一つは大手金融機関が扱ったバブルを経済成長とうたった証券の価値下落です。
不滅と思われたアメリカの金融機関が次から次へと破綻しています。

日本は1990年頃の不動産バブルの崩壊とその悪影響を経験しました。
それなのに今回のバブルの膨張にかなり関与していました。
バブルの膨張と十分認識できなかったのでしょう。
不滅のアメリカの金融機関がやっていることだから間違いはないだろうと思ったのでしょう。

二度あることは三度あると言います。
しかしバブルを経済成長と見誤るような馬鹿なことは三度もしてはならないと思います。

世界経済が安定するのに何年かかるかわかりませんが、日本もバブル崩壊後経済にまた苦しむでしょう。
二度目の苦い経験を有益な知識に変え、バブルを起こすようなもの・サービスの提供には注意すべきです。
政府、日本銀行、金融機関、金融関連有識者の知的水準が一段上がることを望みます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
知人から案内があり、案内を回す価値があると思いましたので鎌倉市とその周辺の方々にご案内します。

ドキュメンタリー映画 「地球のステージ ありがとうの物語」鎌倉上映会
9月29日(月)10:30開場 鎌倉芸術館

戦争が子供の心に残す心の傷を描いたドキュメンタリー映画です。
戦争はやってはいけないとの思いを心に深く刻む作品です。

○日時・会場・入場料
http://www.officeraft-qua.co.jp/kamakura.htm
○映画の内容
http://www.officeraft-qua.co.jp/e-stage.html
○制作会社
http://www.officeraft-qua.co.jp/index.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.09.18

汚染米流通問題では農水省の責任が非常に重い

A244

今回の汚染米流通事件は、汚染を隠して売った三笠フーズなどの罪が重いのですが、よく考えると、汚染米を処分しないで売った農林水産省の罪はもっと重いと思います。
農水省は食用に回さないという条件で売ったと言いますが、実は食用に売られることを予感しながら自分は罪を免れる方法を考えただけではないでしょうか。
そうでなければ食用米を扱っている業者に汚染米を売るはずがありません。

いかに貿易の自由化と言っても汚染米を輸入することはないと思います。
汚染を理由に買わない自由があります。
輸入した後検査で汚染が確認できたら返品すればよかった訳です。
恐らく国際協定に基づく輸入すべき量にこだわって安全性を軽視したのでしょう。

返品のタイミングを失したと言うなら農水省の責任で廃棄するしかありません。
非食用であっても汚染米でいいということはないと思います。
農水省が汚染米の利用法を研究し、その安全性を確認した上で、その用途に使う業者に売るならばそれなりの責任を果たしたと言えます。
しかしそのような研究はしませんでした。
売った先は何と食用米を扱っている業者でした。

農水省の責任は非常に重いと思います。
汚染米の販売を最終決定した農水省職員の罪は非常に重いと思います。
人命にかかわるからです。

ところで和菓子業者、焼酎業者、給食業者など汚染米を買っていた業者が、自分達は被害者だと主張していますが、疑問です。
安かったから三笠フーズなどから買ったと思います。
色、味に疑問を持ちながら安いことを重視して買ったと思います。
食品業者なのですから、品質に甘かったという反省がないといけないと思います。
ところが彼らはそのような反省をしません。
今回の事件で信用が落ちたのではなく、彼らは実はすでに前から信用が落ちていたのだと思います。

収益を心配し、信用を軽視すると、どこかで大失敗します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.09.15

今生きているのは「人の命」の働きによる

A242

生きる自信がないと思っている人も今生きていることは事実です。
自信がないと思っているのに生きていますから、自分を生かしているのは自分以外のものです。
そこで、自分ではなく、自分を生かしている自分以外のものに注目してみたらどうでしょうか。
自分を生かしている自分以外のものに自分が協力するようになればぐんと生きやすくなると思います。

自分を生かしている自分以外のものを私は「人の命」と呼んでいます。
自分に生きる自信がないなら、自分で生きるという考えを捨て、「人の命」に助けて下さいと言った方がいいと思います。

「人の命」に自分がやるべきことは何ですかと問うならば、「人の命」は、「私が生かしているからあなたは死なない。あなたは『人の命』が助けてくれているから自分は死なないと知りなさい」と言うでしょう。

死なないと安心すると冷静に周りを見ることができます。
「人の命」以外にも自分が生きることに役立つものが数多くあることを知ります。

それは家族であるかもしれません。
自分を助けてくれる家族に感謝するならば、彼らは従来の消極的協力から積極的協力に変わるでしょう。
自分に生きる希望があれば、彼らも協力のしがいがあるからです。

それは自分の周りにいる他人かもしれません。
他人であっても誰かは自分のことを心配してくれているものです。
やはり自分に生きる希望があればより協力的姿勢に転じるでしょう。

日本社会は未熟と言っても、人々が生きるのに便利なサービスがいろいろあります。
政府や民間組織などのサービス機関、事業を起こす仕組、就職する仕組、もの、知識などです。
そのサービスに不平不満を持っているとサービスを利用しません。
しかし不完全と思ってもサービスがあることに感謝するならば、自分が思う以上にサービスは自分が生きるのに有効に作動します。

私は最初に就職した会社に不平不満を持っていました。
自分は正しい、会社が悪いと思って、会社をやめようと思いました。
しかしクリスチャンの先輩が「自分を主張して会社を悪く言っていたら、あなたはどこへ行っても不平不満を持ち、どこでも行き詰まるでしょう」と夜を徹して諭してくれました。
何故か自我の崩壊を感じ、涙が止まりませんでした。
その時は私は自分以外のものとしてキリスト教に助けを求めました。
すると自分から解放され自由になり、会社に対する不平不満が消え、反対に会社が自分に役立つものとなりました。
生きる自信を深めていきました。

現在は自分を生かしている自分以外のものは「人の命」と思っています。
人はウイルスのような状態から数えれば数十億年の歴史を持っています。
この数十億年の間に人に蓄積された生きる経験知識は、自分の経験知識をはるかにこえています。
この数十億年の生きる経験知識が、原精神として自分を生かしています。
そこでこの原精神を「人の命」と呼んで私は信じています。
「人の命」は人が生きている限りすべての人に働いています。
生きる自信がないと思っている人にもちゃんと働いています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.09.12

祈ると助けてくれるのは「人の命」

A240

人は、大昔のウイルスのような状態の時から数えれば数十億年の歴史を持っています。
今生きている人は奇跡です。
よくぞ生きていると思います。

生きている人に働いている精神を考えてみましょう。
人の精神は自我だけではないと思います。
数百万年前以前と思いますが、人にも自我未発達の時代があったことは容易に想像できます。
そのような時代でも、自我とは異なる、生きることについて非常に経験知識豊かな原精神が作動して人を生かしていたと思います。
だからこそ自我未発達の時代でも人は生き残ることができたのだと思います。

この原精神は、自我が認識しないので、現代人には存在しないと思うかもしれませんが、実はそうではないと思います。
現代もゆっくりと発達しながらちゃんと作動していると思います。
自我がその働きを認識しないだけだと思います。

自我が発達した理由は、自我が発達した方が人はさらに生きやすいからだと思います。
原精神だけでは早死にする恐れが高かったと思いますが、自我が問題を解決するようになって人は早死にする恐れを大幅に下げました。
それなのに自我が苦悩の原因になりやすいのは、自我が、原精神を認識しないため自我は精神の主体と思い上がり、無理して自我だけで生きようとするからだと思います。

もし自我が思い上がりをやめ、原精神を思い、原精神の生命力の助けを借り、原精神と二人三脚で生きると考えるならば、無理は大幅に減じます。
さらには実は本当に自分を生かしている力は原精神ということに気付くと思います。

原精神は数十億年の歴史を持っているのに対し、自我は数百万年の歴史です。
しかも原精神は記憶されている数十億年の経験知識が赤ちゃんの時から作動するようになっていますが、自我は赤ちゃんの時から学ぶ経験知識が作動するようになっています。
その生命力の差は歴然としています。

赤ちゃんの時はまだ自我は思い上がっていません。
主に原精神が作動し、自我は原精神と自然に連携して作動していると思います。
自我の経験知識が増えるにしたがって自我が思い上がり、自分だけで問題を解決しようとしてよく苦悩します。
したがって自我が思い上がりをやめ、原精神の働きを認識し、感謝し、その助けを借りることは問題解決のため必要不可欠と思います。

私は苦悩に陥ったとき原精神に助けて下さいと祈ります。
原精神を「人の命」と呼んで信じています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.09.08

産婦人科のサービス劣化は異常

ある産婦人科のお話しですが、妊娠した人が訪問すると、予約するようにと言うらしい。
そこで予約しようとすると、1か月先まで予約が入っている、それから先の予約はまだ受け付けていないと言うらしい。
予約できる日が来たので早速予約しようとするとすでに予約を締め切ったと言うらしい。
これでは妊婦はたまりません。

妊娠しているかどうかはすぐ調べてくれるが、むずかしそうな妊婦の出産は拒絶する産婦人科があるらしい。
それでは引き受けてくれる別の産婦人科を紹介してくれるのかというとしないらしい。

産婦人科探しに苦労している妊婦に平然と堕胎の話をする産婦人科があるらしい。

このようなお話しを聞くと、日本の産婦人科はどうなってしまったのかと憤りを感じます。
妊婦の苦悩に深く同情します。

政治家は少子化を大問題と言います。
少子化になるような社会を放置しているのは政治家ではないでしょうか。
女性が安心して赤ちゃんを産み育てることができる社会にすれば少子化の問題は起こるはずがありません。

自民党・公明党はアメリカのアフガニスタン戦争に協力するためには、国会会期を延長したり、参議院で否決されても衆議院で再可決したりしてまで給油継続法案を可決しました。
このような熱心さで産婦人科のサービス改善に取り組んだでしょうか。
少子化問題に取り組んだでしょうか。
産婦人科のサービスの劣化は自民党・公明党が政治を担当している間にどんどんひどくなりました。

人々は自民党・公明党に甘すぎます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.09.05

経済成長より構造改革がいい

A237

実質破綻の政府が税収増のため経済成長を求めることはよくわかります。
しかし1990年頃のバブル崩壊の後、巨額のかねを投入しても人々に景気回復の実感なく、結果として巨額な借金が政府に残っただけという現実を忘れてはいけません。

外国の経済力が向上し、日本の一人勝ちの時代はとっくの昔に終わっています。
古い産業構造のまま、政府が借金してそのかねを投入して時代遅れの会社を助けても経済は安定しません。

資源・エネルギーの輸入に不安があります。
省資源・省エネルギー、新エネルギー等先端技術に注力すべきです。
また食料品や木材の輸入に不安がありますから農林業振興は今から始めるべきです。
既存の会社が倒産することより、未来型の会社が誕生しないことを心配すべきです。
倒産による失業者の発生については、当面の救済と就職支援が重要です。
永続性のない会社に補助金を出すより将来性のある会社に振興費を回すべきです。

経済成長より産業の構造改革が重要と思います。
また借金や増税より政府を合理化近代化する方がはるかに重要です。
政府予算の半分は無駄使いと思って合理化するといいと思います。

あえて増税を考えるなら金持ちの協力を求めるといいと思います。
日本の経済力はゆっくりと低下しているとは言え、その水準はまだ高い所にあります。
金持ちが投機に夢中というのは非常にまずい状態です。
金持ちの協力を得て、つまり金持ちからより多くの税金をいただいて失業対策や産業構造改革に投資すべきです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.09.02

次の内閣はすぐ衆議院解散総選挙をしてほしい

福田康夫氏は総理を辞任すると発表しました。
やはり総理にむいていなかったと思いました。

総理になる前、福田氏は、自分が思うような政治にならず、実質政治から引退していました。
ところが突然安倍晋三氏が総理をやめ、自民党・公明党の幹部が協力するから総理になってくれと要請したので、その協力を信じて総理職を引き受けました。
ところが参議院で野党の抵抗に会い、衆議院で再議決して法案を通すという参議院否定の強行政治を行い、二院制や民主主義を軽視している印象を人々に与えました。

ところがその後も福田氏は衆議院解散総選挙を行わず、強行政治を続けました。
人々は、二院制も民主主義もわかっていないと彼に失望しました。
こうして彼は人々の信用を完全に失いました。

福田氏に失望した自民党・公明党の幹部は、公然と彼に非協力の姿勢を示し、さらには次の総理は麻生太郎氏がいいとか何とか言い始めました。
四面楚歌となった彼は絶望し総理職を投げ出しました。

福田氏は最後の最後まで総理として自分がやるべき仕事が何であるかわかりませんでした。
彼は総理になった後すぐ衆議院解散総選挙を行うべきでした。
自民党・公明党、自分が組閣した内閣の閣僚の反対を受けてもそうするべきでした。
もし自民党・公明党が負けたらそれが人々の考えであると受け入れ、内閣が総辞職をするというのが民主主義です。

参議院は野党の議席が多いという状態が続いています。
自民党の誰が総理になっても参議院で野党の抵抗を受けます。
対策は衆議院解散総選挙しかないと思います。
もし自民党・公明党が勝てば参議院で野党は乱暴な抵抗はできないでしょう。
仮に衆議院で再議決ということになっても人々はしょうがないと理解を示すでしょう。

人々のことを考えると言うなら次の総理は衆議院解散総選挙を行うべきです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »