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2009.02.27

問題解決に私達が動こう

090227

生産しすぎが一転減産しすぎになりそうです。
産業は大波をつくらないことが重要ですが、同じ個の行動が同時に起こる場合は波は大波になります。

情報技術は高度に発達していると言われています。
今後の課題は波動管理技術の改善です。

産業を破壊すると困るのは私達です。
産業を守るため生きるのに必要なものは買うという消費行動を続けるべきです。

私達は、自分たちは節約して中央・地方政府が出費して景気を回復することを求めますが、こうすると政府の借金が増え、やはり困るのは私達です。
政府は人々が使うようなお金の使い方ができません。
またよく考えないで急いでお金を使いますから無駄使いが多くなります。
私達が普通の消費行動を続けることが一番大切です。

政府が行うべきは、貧乏人を助け、彼らが消費しなさすぎになることを防ぐことです。
このように政府が動くことで人々の政府に対する信用が高まり、将来に対する不安が消え、今回のような不景気でも節約しすぎにならないと思います。

ところが政府はまだ会社主義です。
政治の対象が会社になっています。
そのためなかなか政治が人々のためになりません。

その結果、会社が復調しても、貧乏人は減りません。
社会福祉も改善しません。
そして政府の信用が下がり続けるという悪循環になっています。

政治を私達のためにするためには、私達が投票行動を変え、政府が会社主義という楽な政治をすることを許さない姿勢を示すべきです。

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2009.02.22

無党派も政治無関心派も政治を変えることを考えてほしい

090222

軍人気取りでアメリカの戦争に協力した無法者小泉純一郎氏。
美しい国、日本と叫んだが、総理職を途中で投げ出して醜態をさらした小心者安倍晋三氏。
すでに政界から引退したつもりになっていたのに、おだてられて総理になり、やはり途中で職務を投げ出したお調子者福田康夫氏。
就任後すぐ衆議院を解散し総選挙を行えばよかったのに、自分は政治ができると思い上がってやり続け、支持率異常低下で開き直っている変化(へんげ)麻生太郎氏。

自民党から出る総理はすべて総理らしくなく、私達並で、悪い意味で親しみを覚えますが、これではいけません。
公明党は、自民党の政治を修正すると言いますが、自民党の腐敗を止めることは不可能です。
それがわかっていれば野党で頑張っていたはずです。
ところがわからず自民党と組んでいる訳ですから公明党も腐敗しています。

上にあげた4政治家は、すべて世襲で楽に国会議員になったが、総理になって苦しみ、失敗した人、失敗しつつある人です。

政治家として人々のために苦労した経験がないまま既存支持団体のおかげで楽に当選した国会議員は、大臣になると、失言する、無知無能振りを人々にさらす、馬鹿にしていた官僚のお世話になる、あるいは感情的な喧嘩をする、などして笑われます。

政治家を厳しく選ぶ選挙を機能させるためには既存支持団体が選挙に熱心になるだけではいけません。
無党派や政治に無関心な人が、政治は自分の人生にかかわると思って候補者を調べて投票することが必要です。
投票したい人や政党がなくても、現政治が悪いと思うならば、せめて野党第一党に投票することで、自民党・公明党政治を終わらせるべきです。

こういう投票行動を取らない限り、政治を改善することはできないと思います。

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2009.02.18

複数の自我の潜在的自我への統一と潜在的自我の顕在化

090218

通常自分の中には複数の自我が存在します。
よくある型は、成長とともに形成される慣習的自我と、それとは異なる潜在的自我を持っている型です。
なお、潜在的自我が作動していると自覚し、つまり潜在的自我が顕在化し、知性で言動を抑制している自我は、慣習に比較的順応している場合でも慣習的自我ではありません。

私は慣習的自我が確立しなかった方です。
20代のことですが、慣習的自我が行き詰まってしまい破壊されてしまって潜在的自我が作動するようになってしまいました。
以来、キリスト教を30年ぐらい熱心に勉強しましたが、結局キリスト教は私にとって教養でしかありませんでした。
もし私がキリスト教に疑問を抱かない信者になっていたらキリスト教的慣習的自我が確立したことになります。

こういうとキリスト教信者の方々は、キリスト教における「新生」をぼうとくしていると私を批判するでしょう。
しかし私は新生とは、キリスト教信者であることではなく、慣習的自我が破壊され、潜在的自我が顕在化して作動し、その自我が知性で制御されている状態ではないかと思っています。

慣習的自我が主で潜在的自我が別に存在する状態では、何かがきっかけで潜在的自我が作動することがあります。
もし潜在的自我が知性で制御されていない場合、その人は非社会的言動を示します。

したがって、複数の自我が作動していると思われる場合、できるだけ早く慣習的自我を捨て、潜在的自我を顕在化させ、この自我が生きる方法を学ぶというのが望ましい生き方ではないかと思います。

潜在的自我は、精神本体である、人類発生以来気が遠くなるような時間をかけて発達してきた人の命(Human Life)に隣接して存在する自我で、人の命との交流を自由に行える位置にある自我と思います。

複数存在する自我の潜在的自我への統一と潜在的自我の顕在化が、概して裏表のない人生を可能にすると思います。

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2009.02.15

新しい政治家を育てよう

090215

自民党・公明党は衆議院を解散する必要はないと言って麻生太郎内閣を支持してきました。
ところが時がたてばたつほど内閣支持率が下がり、とうとう10%台になってしまいました。
すると、次の衆議院総選挙で大敗すると言って麻生総理を批判し始めました。
いったい自民党・公明党は内閣の何を支持してきたのでしょうか。

要するに自民党・公明党は、人々のことではなく、衆議院における議席数の多さを利用して自分達のことを考えてきただけです。

自民党・公明党については私達は「捨てる」ということでいいと思います。
自民党・公明党所属の政治家については、年輩者も、二世、三世も、そのほかの若い政治家も捨てていいと思います。
何故なら彼らは自分のことを考えるが、人々のことは考えていないからです。

私達が次の衆議院総選挙でこのような投票行動をとることで政治家は主権在民を知り、初めて人々のことを考えるようになると思います。

なお、民主党を信用できないと思う人は多いと思います。
しかし政治を変えるためにはまずは自民党・公明党を潰すことが先決です。

民主党が政治を担当しても政治がよくならない場合は今度は民主党を潰します。
その際、自民党・公明党を復活させることは決してしてはなりません。
人々のことを考えないと、当選できない、政党も政治を担当できない、ということを政治家が心から知るようになるためです。

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2009.02.11

日本は経済が縮小

2009年は経済成長率-2%前後と予測されています。
金融危機下、しょうがないと思います。
最近経済危機と言う人が増えていますが、これはちょっと言いすぎと思います。

経済危機にならないよう、人々は、生きるのに必要なものはいつものように買い続けるべきです。
政府はまずは生活困難な人を助けるべきです。
彼らも生きるのに必要なものを買い続けることができるようにすべきです。

ところでどう考えてもこれまでの日本は消費しすぎでした。
今回の金融危機は単にバブルが破裂したからだ、マネーゲームが終わったからだと考えるのは間違っていると思います。
消費しすぎを維持するためにマネーゲームをやった面があります。
これまでの生活様式は限界に来たと悟った方がいいと思います。

急な消費減少で思わぬ業績悪化に苦しんでいる経営者が多いと思いますが、事業再構築に当たっては一段消費水準が下がった状態を想定した方がいいと思います。
開発途上国は経済成長し、先進国は経済が縮小します。

先進国が経済成長を続けようとするとバブルを演出するような馬鹿をやります。

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2009.02.07

人間的に話し合う

090206

病気が原因で話し合うことができなくなった人が、よくなって再び話し合うことができるようになると本当によかったと思います。
人のことを人間と言いますが、人と人とが人間的に話し合うことは人の基本と思います。

ところが現代は人間的に話し合うことが下手になりました。

話し合いながら育つ、話し合いながら仕事をする、話し合いながら遊ぶ、といった環境がなくなってきたのでしょう。

家庭が機械的です。
親は外で働き、夫婦や親子がゆっくりと話し合う時間がありません。

学校も機械的です。
先生は忙しくて生徒と人間的に話し合う時間がありません。
反対に自分は機械にならなければ神経がもたないと思っている先生が多いのではないでしょうか。

社会も機械的です。
機械的に仕事をするとお金が儲かります。
お金があれば何でも買えます。
消費生活まで機械的です。
大人の遊びまで機械的です。

人間的に話し合わないで生きていますと次第に孤独になると思います。
孤独になると他人に配慮することを忘れ、自分中心に物事を考えるようになると思います。
他人が思うようにならないとすぐ感情的になり、儀礼的になるか、関係しないか、攻撃的になります。

しかし孤独は神経を痛めます。
不安、怒り、憎しみなどが原因で神経を使いすぎたり、変なことを考えすぎるようになるからではないでしょうか。
するとますます他人と話し合わない状態に入り込んでしまいます。

まずは家庭が話し合いを楽しむ場となることが重要と思います。
町でも近所の人と会ったら気軽に立ち話をするくらいがいいと思います。

会社は、人を無駄も休みもないロボットにする傾向が強くなっています。
ロボットどころか、人はぼろぼろになります。
会社は、社員が人間性を失わないような、ロボットにならないような労務管理を目標とすべきです。
社員をロボット扱いする会社は確実に衰退します。
ぼろぼろ社員がよい製品、よいサービスを提供できるはずがありません。

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2009.02.03

人生を改善しよう

090203

現代は技術システムが発達し、一見知性的に見えますが、人の命を軽視するほど欲望がむき出しになっていると思います。
つまり技術システムが欲望を達成する手段として利用されています。
今回の金融危機は明らかに金銭欲を達成するために金融システムが利用された結果です。

欲望は本能的なもので否定することはできませんが、むき出しになりますと、人の命を軽視する結果になります。
数百万年前から人類では思考の主体である自我が発達し、本能を知性、さらには理性で制御することで死ぬ恐れを減らす方法を改善してきました。
しかし、第一次世界大戦、第二次世界大戦、そして現在進行中の戦争などを観察すると、現代でも欲望がむき出しになり、人の命が軽視されていることがよくわかります。

人類は欲望を制御できず滅亡すると予言する人が大勢います。

しかし私は絶望していません。
人類は改善の途中にあると思います。
人類は馬鹿をやりながら人生を改善していくと思います。

もし自我が発達しなかったら栽培という技術革新を行うことなく、大昔、人類は食料不足、さらには食料争奪戦で滅亡していたと思います。
現代の組織培養技術などは、いろいろな問題を残していますが、食料生産において栽培に続く技術革新になると思います。

本来欲望は生きるために必要な本能でした。
その欲望が暴走すると死ぬ恐れが高まります。
そこで自我が発達し、生きる方法に関する経験知識を積み、欲望の暴走を防ぎ、死ぬ恐れを減らしてきたと知るべきです。

私は、気が遠くなるような大昔から人類を生かしてきた本能的な精神本体を人の命(Human Life)と呼んでいます。
人の命に生きる力、生かす力を感じるからです。
そして人生とは人の命と自我の二人三脚と思っています。

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