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2009.03.29

日本は失業率が高くなるはずがない国

090329

人が生きるには仕事をする必要があります。
病気などで仕事をすることができない人がいるならば、誰かがその人のためにも仕事をする必要があります。
要するに人がいる限り仕事はあります。

現在失業率が上がりつつあるそうですが、これはバブルの破裂という異常事態で仕事量が急減した結果です。
やがて社会が安定し、どこに人がいない仕事があるかわかるようになると人の流動化が生じ、失業率は下がります。

したがって現在の失業は政府が一時的に失業者を助けることで乗り切ることができます。

日本は老人の割合が増加しています。
本質的には失業率が高くなるはずがありません。
仕事が多すぎて困るはずです。

問題は労働条件です。。
仕事があるのに労働条件が悪すぎてそこに人が行かない場合があります。

労働条件の管理は業界の自由ということにしておくと悲観的な業界は労働条件を改善する思考が乏しく自分で業界を潰すことがあります。
たとえば農林業は業界自身が悲観的です。
政府も人々も今後農林業が重要と思っているのに肝心の業界に元気がありません。
政府が労働条件を管理し、業界指導、補助などを行って、まずは仕事をやりたいと思う人が集まってくる仕組をつくらなければならないと思います。
私達人々も、国産は高いと思っても、これは先行投資と思って国産を買い、業界に希望を持たせることが大事と思います。

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2009.03.25

介護保険を健康保険に吸収した方がいい

090325

健康保険制度があるのにどうして別に介護保険制度をつくったのかよくわかりません。

当時横浜市役所に聞いたところ、担当職員は、現代は核家族時代で子供が親の世話をすることがむずかしい、そこでこれからは老人の世話は家族ではなく社会が責任をもってやる、だから加入し掛け金を払ってほしいとのことでした。
それは素晴らしいことだと思いました。

ところがすぐ市役所職員の説明がうそであることがわかりました。
要介護と言ってもすべての人の介護はできないというのです。
自宅介護、家族による介護を基本とし、社会の世話は補助というのです。
それなら鳴り物入りで介護保険制度を導入する必要はなかったと思います。

しかも掛け金を払っていない人は対象外である、実際介護を受けるとき自己負担があるなど弱者老人には厳しい社会福祉制度です。

この程度の介護保険制度なら健康保険制度の拡充でよかったと思います。
医師の診断で介護機能つき病院に入院し、治療を受けながら介護を受けるという仕組みの方が病気老人としては安心です。

老人の割合が増えるので老人からさらにお金をとるための方法として介護保険制度をつくったとしか思えません。
もしそうなら健康保険制度を改正して老人の掛け金を多くすれば済んだことです。

積み木細工のような社会制度は政府の仕事の重複の原因になります。
そこに無駄な要員、費用が生じます。
その上、肝心の要介護老人用施設の建設維持が不十分になります。

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2009.03.22

一将功なりて万骨枯る

0903221
巨大な墓石が林立しているように見える横浜みなとみらい21中央地区

昨日遊覧船に乗って横浜港を見物しました。
一将功なりて万骨枯ると思いました。

ほとんどの横浜市民は環境の悪い雑然とした町に耐えながら税金を払ってきました。
その税金の多くが港周辺の開発に注ぎこまれました。

それでは、これからは港周辺が繁栄して税金を払い、その税金が陸部の雑然とした町の改善に使われるのでしょうか。
港の貿易量は減り、観光客の数は多いが、若い人が多く、落とすお金は少ないと聞きます。
港周辺の税金は期待しない方がいいと思います。

今後は区の自治を高め、区民の税金の多くが区民のために使われるようにしたいものです。

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2009.03.19

政治ボランティア

090319

政府も人々も憲法を軽々しく論じるので苦々しく思っていましたが、最近は経済問題に関心が向き、憲法を変える動きが静かです。
しかし静かであるからいいということはありません。

憲法第25条第2項に「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」とあります。
今の中央・地方政府は、お金がないから、すべての人の生存権保障義務は負えないと開き直って言います。

地方政府に相談したのに取り合ってくれず絶望して自殺する人は後を絶ちません。
病院で負担しなければならない治療費の30%が払えないため病院に行けず、病気に苦しんでいる人が大勢います。

政府も人々ももっと憲法を勉強すべきです。
特に政府は憲法を学び直し、義務を果たしていないことを反省すべきです。

お金がないという問題については常に政府の無駄使いが問題になります。
しかし政府職員はもちろん、政治家にも解決能力がありません。
もっと政治ボランティア(市民オンブズマン)が増えるといいと思います。
政治ボランティアが具体的に政府の無駄使いを調べ、公表し、政府に改善を求める動きが必要です。

政府合理化に消極的な政治家は次の衆議院総選挙で落選させ、政治の世界から消えてもらうといいと思います。
特に政府を堕落させた与党である自民党・公明党は消えて何の問題もないと思います。
このような大胆な投票行動でまず問題政党を潰し、もって問題政治家を新しい政治家と入れ替えていくことが必要と思います。

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2009.03.16

劣化した社会で老人はどうやって生活するか

090316

スーパーに行きますと商品がいつものとおりたくさん並んでいます。
人々はいつものとおり買い物しています。
別に不景気と感じません。

不動産、自動車など大物が買い控えにあっているのでしょう。
これらの大物もやがて人々は買いたいと思えば買うようになります。

問題は人々がバブルを膨張させたことを反省し、マネーゲームより実業を重視するようになったかだと思います。
どうもそのようになっていないと思います。

やがて次のバブルが膨張するでしょう。
そしてバブルが破裂し、社会が混乱するでしょう。

こうして社会が劣化していきます。
生活力が弱くなった老人はますます苦しくなります。

日本では老人の割合が増えつつあります。
静かに死を待つ覚悟ができているならいいのですがそうはならないでしょう。
若い人々の手を借りず老人が自分で生活するのに便利なもの・サービスの開発が重要になります。

老人はマネーゲームより、最初は高くてもこのようなもの・サービスを利用する形で老人用もの・サービスの開発に投資するといいと思います。
きっとこのようなもの・サービスは老人の生活に役立つと思います。

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2009.03.12

源泉徴収されている年金生活者はすべて確定申告しているか

私は年金生活者です。
昨年確定申告書を書いてわかったのですが、源泉徴収で6万円以上所得税を取られすぎていました。
そこで今年も確定申告書を書きました。
計算してみるとやはり源泉徴収で6万円以上取られすぎていました。

源泉徴収は取られすぎるようになっているかもしれません。

ところで源泉徴収されている年金生活者はすべて確定申告書を書いているでしょうか。
もし書いていない人がいるとすると所得税を取られすぎているかもしれません。

確定申告書提出期限は今年は3月16日です。
まだ5日もあります。
確定申告書を書くことをお勧めします。

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2009.03.09

人に目を向けた政治

090309
昼時ののんびりした伊豆稲取漁港

外需が減ったから内需を増やせという考えは反対です。
全体としては日本はまだ消費が多すぎるからです。

賛成できることは消費しなさ過ぎる人が消費を増やすことです。

問題は仕事をしても収入が少ない人がいることです。
その仕事が人々が生きるために必要な仕事であるにもかかわらず自由主義では対価が上がらない場合は政治が出動して対価を上げた方がいいと思います。

必要な仕事なのに人々の価値観のゆがみで対価が上がらないのは偏見があるなど人々の文化水準に問題がある場合が多いと思います。
もし政府が貧乏人を減らすという政治の目的意識を持っているならば政府は対価を上げることに工夫努力するでしょう。

会社を助ければ会社は従業員に十分な給料を払うというのは高度経済成長時代のお話しです。
経済横這いあるいは縮小時代は政府が会社を助けても会社は給料を減らすことを考えます。
今後は会社だけでなく人に目を向けた政治が必要です。

政治を変えるにはすべての人が政治学の知識を持ち、厳しい投票行動を通して主権は、政権の亡者になっている政党ではなく、私達にあることを政治家に示すべきです。
まずは次の衆議院総選挙で自民党・公明党を潰すと政治家は多少反省するでしょう。
腐敗して臭っている政治家を入れ替えることも私達の厳しさを示すいい方法です。

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2009.03.05

民主党は代表を代えた方がいい

090305

小沢一郎民主党代表は短気で感情的で思考力が乏しい人です。
小沢氏が受けた政治献金は個人献金ではなく実質会社(西松建設)からの企業献金ではなかったかという疑惑が仮に事実でなかったとしてもこれまでの小沢氏の言動から判断して小沢氏は総理に全く向いていないと思います。

私は自民党・公明党については消えるべき政党と思っています。
腐敗した政党が新鮮になることはないからです。

民主党についても、やはり消えるべき政党かもしれないという思いがありますが、一度は政治を担当させてみたいと思っています。
それだけに今回の疑惑をきっかけにすぐ小沢氏に代表をやめてもらう決断力のある党であってほしいと思います。

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2009.03.02

伊東温泉

0903013
伊豆 伊東 雨の松川遊歩道から

伊豆の温泉地伊東に行ってきました。
2月28日(土)晩暗くなった頃伊東駅に着きました。
観光地というのにすでに観光案内所は閉まっていました。
そこで駅前の看板の地図を見つけてホテルまでの道を調べました。
駅前いちょう通りという道をまっすぐ歩いていけばいいことがわかりました。

比較的広い道でしたが、車も人もあまり通らない暗い道で夕食をとる店があるかどうか心配になり、歩き始めて最初に見つけた道に面した貧相なそば屋に入りました。
中に入ると、暗い照明でしたが外よりは明るいですからよけい店の貧相さが目立ちました。
しかしよく見ると、手入れはまったくできていなかったが、昔のそば屋の形を残した店であることがわかりました。

ヘルメットをかぶったおじいさんが注文を取りにきました。
日雇い工事人かと思いました。
仕出しのとき50ccで行く姿のまま店の中で注文を取りに来たのでしょう。

そばを持って来てくれた人はおばあさんでした。
おじいさんとおばあさんが二人でやっている店とわかりました。

そばを食べて驚きました。
予想に反してそばもつゆも非常においしかったからです。
店は駅に近い通りに面した非常にいい条件の所にありました。
おじいさん、おばあさんが若かった頃はきっと繁盛したと思います。
その当時から味を工夫してきたのではないでしょうか。

そばを食べていると常連と思われる老人が数人来ました。
食べに来たというより、時間を費やしにきたという感じで、お話しをしたり、新聞を読んだりしていました。

駅前いちょう通りをさらに歩いていくと道は広いのに閉まっている店ばかりでますます淋しくなりました。
観光地でも夜ともなればどこでもこうなのでしょう。

目的のホテルは伊東大川沿いにありました。
建物は箱型の普通の老朽ホテルでしたが、屋内のお風呂も露天風呂も広々しており、さすがお風呂だけは力を入れているなと思いました。
最近のホテルはお風呂を建物の高い所に設け、見晴らしを重視していますが、ここは昔ながらに1階に設け、屋内のお風呂からは広いガラス窓を通して、木々に囲まれた庭園風の露天風呂を見ることができるようになっていました。
木々に囲まれた庭園風の露天風呂は私の好みです。
足場がぬるぬるすると気持が悪いのですが、そのようなことはなく、清掃は行き届いていると思いました。
泉質はかすかに硫黄臭がする程度で透明でした。
土曜日の夜というのに私が借りきったようなお風呂でした。

翌朝ホテルの食堂で食事をとりましたが、大勢の人が泊まっていたことがわかり不思議に思いました。
この人たちは温泉を楽しんだのだろうかと思いました。
老人ではなく、若い人が多く、意外でした。
大学生のグループでしょう。

3月1日(日)はあいにくの雨でした。
伊東大川沿いの松川遊歩道を歩き、伊東へ来たら必見という昭和初期建築の大きな旅館東海館(現在は伊東市が管理)に行って見物しました。
よく工夫された旅館建築に感心しました。
言葉での説明がむずかしいのですが、各部屋の入り口が家の入り口のようになっており、また廊下が片歯の縦引きのこぎりのような形になっており、入り口が歯に相当する部分に面するようになっています。
廊下を歩く他人から部屋に入る人の姿を見えにくくする工夫だったそうです。
廊下の板材はのこぎりの歯の背に平行に張ってありますので廊下を通してみると直線的ではありません。
珍しい廊下です。

何故か昔この旅館で働いた人々のことを思い、見物中ため息ばかり出ました。

伊東生まれの医学者であり文人であり画家であった木下杢太郎の事績を学び、お昼に好物のあじさしを食べて伊東を後にしました。

ある昔の文人が、伊東は雑然とした町であった、いいのは温泉だけだった、と書いています。
この言葉は現代の伊東にも当てはまります。
町の人々は、折角の温泉、海、山、海産物の恩恵を生かした美しい町づくりをしていません。

町の人々は旅人に親切です。
この親切に美意識が加わると伊東は素晴らしい観光地になると思います。

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