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2009.08.15

安易な戦争肯定は日本を再び滅ぼす

1945年8月15日アメリカと日本の戦争が終わりました。
私が住んでいた町は半分が空襲や艦砲射撃で破壊され、大勢の人が死にました。
終戦で、攻撃を受けるたびに防空壕に飛び込む必要がなくなりました。
5歳でしたが、特に喜んだとか悲しんだとかいう記憶はありません。

爆弾で完全に破壊された祖父母の家の後片付けに父母はよく行きました。
私もついて行きました。
よく遊んだ大きくて明るかった家がごみの山になったことは残念でしょうがありませんでした。
防空壕に居て、からくも死を免れた祖父母は、廃材をつかって貧相な小屋を建て、そこで生活しました。
この小屋は祖父母が亡くなるまで約30年建っていました。

アメリカと日本の戦争については多くの本を読んで勉強しました。
日本の政府についても人々についても共感することは何もありませんでした。
どうしてこんな馬鹿なことをしたのかと残念に思うだけでした。

近年日本の人々の中に日本の戦争を美化する動きがあり、再び日本は馬鹿をやるのではないかと心配です。

意外なことは私より年輩の人が、戦死者はお国のために命をささげた、今の若い人にはその心がない、人殺し、親殺し、子殺しが多いのは、家族や同胞の命を思ってアメリカと戦って亡くなった若い人の愛国心がないからだと叫ぶことです。

彼らは本当にアメリカと戦争する必要があったかと反省しません。
アメリカと戦争しない方法がなかったかと反省しません。
戦争しなかった方がはるかに家族や同胞の命を思ったことになることに気付いていません。

靖国神社にまつられたほとんどの軍人は、反対できない社会の戦争の雰囲気に自由を失い、政府の命令に従がい、戦地に行き、兵站(へいたん)不備で飢えや病気で死んだり、攻撃を受けて死んだと思います。
命令に従がわないと家族が政府や軍部や警察や人々からひどい目にあうと思って命令に従がったのだと思います。

戦争意欲が強かった軍人は少数であったと思います。
しかし彼らの思考は完全に狂っていました。

お国のために命をささげたなどときれいごとですませる戦死であったでしょうか。
アメリカの空襲などで死んだ民間人の命を何と思っているのでしょうか。
戦後生活に苦しんだ人々のことをどう思っているのでしょうか。

戦死者、戦没者のことを思うたびに私は戦争しない決意を新にします。
政府や人々に戦争しない方法を考えよと言い続けます。

麻生太郎総理は朝鮮(北)の脅威を強調します。
しかし朝鮮政府は自分が滅びることを恐れています。
もし日本の絶交で本当に朝鮮政府が滅びるならば朝鮮は日本を攻撃するでしょう。
しかし朝鮮政府は日本の絶交ぐらいでは滅びません。
したがって朝鮮が日本を攻撃する恐れは、日本がよほどの馬鹿をやらなければ小さいと思います。

麻生総理の考えは不純です。
朝鮮の攻撃的態度で日本人の戦争魂が復活し、日本が再び戦争できる国になることは望ましい、万が一朝鮮と戦争になっても相手が朝鮮なら負けないなどと考えているのではないでしょうか。
甘いの一語につきます。
本当に戦争になれば日本の損失ははかりしれません。
安易な戦争肯定の精神は再び日本を滅亡に導きます。

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