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2010.07.20

宗教、哲学、そして現代は科学時代

S100720

真理の追究では、宗教、哲学、科学が大きな役割を果たしてきました。
宗教は科学知識が乏しい大昔、学問の頂上にありました。
感性が重視されました。

次第に知性が発達すると人はよく考えるようになりました。
感性知性を使った思考が重視されました。
説明できる、矛盾がない、などが重視されました。
直感や第六感のような感性についても普遍性が認められるものについては真実とみなして思考を展開しました。
こうして哲学が発達しました。

さらに知性が発達すると人は感性だけではわからないものを観察し、実験し、証明することを覚えました。
思考法、観察手段、実験手段が発達しました。
科学は哲学が高度に発達した段階のような性格を持っていましたので現代では哲学は影が薄くなりました。
科学者は宗教や哲学を科学的に考察していわゆる迷信を打破してきました。
科学は技術を生む基礎となり、技術は生活、仕事、事業を大きく改善しました。

従来の科学はものの解明に注力していたので、精神に関しては研究が遅れていました。
しかし近代は精神に関する研究が非常に進み、科学は宗教を飲み込みつつあります。
人々は季節になると慣習で神社仏閣に行きますが、体や心を病むと病院に行きます。
神社仏閣に行く人はどんどん減っています。

私は、気が遠くなるような長い年月をかけて発達してきた人の精神本体、自我とは異なる原精神を「人の命」と呼んで信じています。
「人の命」は生きている人すべてに作動して人を生かしています。
「人の命」は自我を助けています。
人が何かすると思うと、「人の命」は人に何かする実行力を与えてくれます。
困ったことに悪いことをすると思っても「人の命」は実行力を与えるので要注意です。
常日頃よいことをすると思っていることが重要です。

なお、既存宗教も実行力を与えてくれます。
信仰の力です。
何を信じても人は信仰によって実行力を持つことができます。
世の中、無数の宗教が存在する理由がここにあります。
実は神仏より信仰が重要ですが、信者は自分が信じる神仏を重視します。
そして神仏の違いで信者は争います。
これは宗教の限界です。

宗教は非常に長い歴史を持っており、無数の知恵を蓄積しています。
怪しげな神仏観、世界観を除けば信仰と知恵は有用です。

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