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2012.01.30

日の丸君が代で愛国心をつちかうことはむずかしい

120130

日の丸君が代は日本の国旗国歌です。
別に神仏のようにあがめたてまつるべきものではありません。

日本人で日の丸君が代を知らない人はいません。
オリンピックやその他のスポーツの国際試合では日本選手が勝つとみんな日の丸を見ながら君が代を歌っています。

しかし普段日の丸をかかげ、お辞儀をし、君が代を歌う日本人はいません。
祝日だって日の丸を掲揚している人はいません。
その必要がないからです。
ここが日本であり、自分が日本人であることを誰も疑っていません。

ところが大臣は記者会見に臨むとき、会見場に掲げてある日の丸にお辞儀をします。
自分は日本人ではないと人々に疑われていると心配しているのでしょうか。
記者や国民を騙して自分は日の丸崇拝者だと見せかけているのでしょうか。
お辞儀をしないと日の丸君が代論者から非国民と批判されることを恐れているのでしょうか。

日の丸にお辞儀をしても日本のためにならない言動で職を解任される大臣が続出しています。
つまり日の丸にお辞儀をするから愛国者ということはありません。

どうして公立の学校の先生だけ日の丸君が代でいじめられるのでしょうか。
学校の式典での日の丸君が代の扱いで行政側と考えの相違、争いがあるのでしょう。

公立の学校には校旗校歌があります。
式典では校旗を掲げ、校歌を歌ってはどうでしょうか。
日の丸君が代が国旗国歌であることは授業で教えるといいと思います。

愛国心は、日本の政治家や公務員がまじめに政治をやり、経営者がまじめに会社経営をやり、従業員がまじめに働き、教育者がまじめに教育をやり、親がまじめに養育をやることでつちかわれます。
日本の美しい自然、美しい町、美しい会社、美しい学校、美しい家庭が愛国心をはぐくみます。
すると自然に日の丸君が代も愛されるようになります。

政府を大赤字にしたり、日本の自然や町を放射能で汚染したりしている政治家、公務員、裏で悪いことをやっている経営者、労働者、教育者、養育放棄の親がいくら日の丸君が代を叫んでも愛国心は育たないでしょう。

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2012.01.27

人の霊は人の命

120127

万物に霊が存在するという考えは確からしさがあります。
自然と共に生きる人々に多い精霊崇拝を否定することは実は非科学的です。
日本の神道、特に古神道は日本人が自然と共生してきたこと、霊感を持っていたことを示していると思います。

霊とはそのものの存在力だと思います。
瞬時に変化して別のものになってしまうものでも存在力を持っています。
つまり存在の仕組、存在力、すなわち霊はものによって違います。
石には石の霊、木には木の霊、そして人には人の霊があります。

それでは自分の霊と他人の霊は同じでしょうか、違うでしょうか。

人が存在する仕組、祖先から自分を経て子孫へと延々と続く仕組は同じです。
人類学者は、現代人の祖先は数百万年前一組の男女であったと提言しています。
数百万年前の人の前には数千万年、数億年、もしかすると数十億年の生命の歴史があります。
最初は化合物あるいはウイルスのような状態から気が遠くなる時間をかけて人になり、そこから現代人まではたかだか数百万年しかたっていません。
数千万年、数億年、もしかすると数十億年の時間をかけて形成された数百万年前の人の存在力が現代人の私達にも作動しています。
この存在力が人の霊だと思います。
したがって現代人の霊は自分の霊も他人の霊も全く同じです。

私はこの人の霊を「人の命」と呼んでいます。
「人の命」はすべての人に共通ですべての人を生かしています。
「人の命」はその人が認識しようとしまいと関係なくその人の中で作動してその人を生かしています。
人が死ぬとその人の中で作動していた「人の命」は消えます。
しかし全く同じ「人の命」が子孫や他人の中で作動しています。

したがって自殺や殺人は大きな罪です。
戦争やテロは大犯罪です。
人を生かしている「人の命」を人が消すからです。

健全な人生とは人が「人の命」と協働して生きることだと思います。
そのためには「人の命」を感じる感性が重要と思います。

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2012.01.24

外国人も日本に長く住んでいれば日本人

日本人は減り始めたが、在日外国人が増えているので日本の人口は増えているそうです。
この外国人を政治的に差別していることが日本にとっていいことか悪いことかよく考えた方がいいと思います。

差別する理由として在日外国人の中に、反日的言動をする人がいるとか、日本人の法律や慣習になじまず、日本人に迷惑をかけている人がいるとか、いろいろな主張があります。
よく考えてみると人に迷惑をかけている日本人は大勢います。
日本人でも不法があれば裁判にかけられて罰されています。
在日外国人も不法があれば同じように罰すればいいと思います。

日本に永住したいなら日本の国籍をとればいいと主張する人がいますが、外国人が外国籍を持っているのは日本人が生地に本籍を持っている場合に似ています。
生地に特別な思いがあれば本籍を現住所にしないでしょう。

日本に長く住むかぎり彼らは日本の法律や慣習に従って事業、仕事、生活をする訳ですから日本人と平等に扱うのがいいと思います。
したがって私は在日外国人、特に長く日本に住んでいる人について参政権を付与することに賛成です。

在日外国人を平等に扱うことで日本の法律・慣習意識や日本のことを思う意識を改善することができるでしょう。
現在のように差別をすることは外国人町の拡大を助長しているようなものです。
外国人町が拡大すると日本の法律・慣習の目も届かないでしょう。
それこそ不法を看過することになりかねません。

在日アメリカ軍基地が問題である理由は、基地が治外法権区域になっているからです。
そのため在日アメリカ軍人はいつまでたっても日本人のようになりません。
日本の法律や慣習を無視して何をするかわかりません。
不法を犯しやすい存在です。
日本の中に治外法権区域があってはいけません。

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2012.01.21

日本の食料生産を増やそう

120121
1月20日横浜はうっすらと雪が積もりました。

世界は砂漠化しています。
間違いなく世界は食料不足で苦しみます。
今は日本は食料を輸入する経済力を持っていますが、国際収支は悪化する方向です。
次第に食料輸入はむずかしくなります。
今から食料の国内生産に注力すべきです。
食料生産の近代化を図るべきです。

私は主食はほとんど国産米です。
納豆、豆腐などの大豆製品は国産大豆を使ったものにしています。
魚は沿岸漁業でとれる低級魚を主としています。
食品については国産を買うように努力しています。

食料について多くの日本人が国産を買うようにすると国内生産を増やすことができると思います。
政府が規制して輸入しないと自由貿易違反ですが、消費者が自主的に輸入品を買わないことは違反ではありません。

日本は緑に覆われています。
海に囲まれています。
それでも人口が多いですから草木の可食化技術、組織培養など新食料技術の開発が重要です。

食料生産が大事なのに放射能汚染など起こして県単位で農場や漁場を使えなくしている政府は本当に情けない政府です。
政府は生きるとは食べることという生活の基本を忘れています。
省エネルギー技術、最新火力発電技術、新エネルギー技術を導入して原発を捨てる勇気を持つべきです。
人々は電気代が上がるという政府の脅し文句に怯えてはいけません。
消費税率が上がる方がはるかにこわいことです。

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2012.01.18

最近の裁判所は行政府みたい

最近の裁判所の判決を見ていますと裁判官は法意識より政治意識が強いと思います。
政府に反対すると昇進しないとか、職を失うという恐怖があるからです。
つまり裁判官も腐敗しています。

日本の政治は腐敗が進んでいます。
法が作動せず、政治がなるようになっています。
ここで人々が何よりも人の命が大切という価値観(法)を再確認して政治を改善しないと実は命を失います。
子孫に迷惑をかけます。

幸い日本は民主主義です。
人々は政治家を選ぶ権利を持っています。
自分の命を大切にして政治家を選ぶことが他人の命を大事にすることになります。
自分の命を大事すると言っても現在の生活の心配をしているだけではいけません。
現在の生活の心配のため自分の命を失うような選択をしてはいけません。

戦前戦中の日本の人々は、列強に負けるな、外国をとれ、富国強兵だと言って戦争を拡大しました。
その結果、戦争で数百万人が死に、町は廃墟になりました。
原爆を2発も食らいました。
この愚かな戦前戦中の人々のことを忘れてはいけません。

原発周辺の人々の原発容認は彼らが現在の生活を心配した結果です。
自分の未来や子孫のことを考えたら原発を容認しません。
東京電力福島第一原発周辺の人々は原発が危険であることを知っていながら自分の生活を心配して何と自分の生活を破壊してしまいました。
子孫にも迷惑をかけることになりました。

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2012.01.15

新しい政治家を育てよう

現在先進国の経済が不調です。
世界の経済活動による資源・エネルギー・環境問題が大きくなりました。
先進国と中進国・後進国との競争が激しくなっていますから先進国の経済不調は当然のことです

日本経済も不調です。
貧乏人が増えると思います。
政府は大赤字ですから貧乏人を助けることができないと思います。
消費税率を上げても貧乏人増加問題は解決しないと思います。
反対に貧乏人を増やすと予測します。

金持ちが貧乏人を助ける形の政治をやらないと日本は混乱を深めると思います。
ところが政府は消費税率を上げることに注力しています。
間違いなく政府は混乱を大きくします。

政府がやるべきことは無駄使いをやめること、金持ちに税の負担をお願いすること、国内生産を重視することです。
現在の民主党政府はどれも実行できていません。
自民党政府の古い路線上を走っています。
自民党を捨てたように民主党も捨てた方がいいと思います。

新しいことを考えることができる政治家が育っていません。
新しい政治家を育てることが私達のすべきことと思います。

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2012.01.11

宗教だから安心ということはない

相変わらず宗教者や宗教団体から何らかの被害を受けたという事件が起こっています。
現実の中にあって真の宗教者はゼロに近く、真の宗教団体はゼロということではないでしょうか。
通常、宗教者や宗教団体は正しいと思われていますので犯罪が露見すると人々は驚きます。

宗教信者は信仰という特殊な精神状態に入ります。
この精神状態では思考の自由を失っていることが多いと思います。
この思考不自由がいろいろな問題を起こします。

よく宗教者は自我を捨てよと言いますが、そう言う本人は自我を捨てていません。
捨てたってあるものが自我です。
よいことを考えよ、悪い考えを捨てよという教えが正しいと思います。

信仰は人に実行力を与えます。
したがって宗教は重要です。
要は宗教の教えの良し悪しが問題です。
仏教、キリスト教、イスラム教などの既存宗教はいかに信者が多くても問題があります。
有名宗教にも未解決問題があると思っていた方が思考の自由を持ち続けることができると思います。

私は既存宗教を勉強しますが、信者ではありません。
キリスト教信者でしたが、50台半ばでキリスト教を捨てました。
実はいい加減なキリスト教信者だった訳です。
それでは仏教などを拾ったかというとそういうことはしませんでした。
そして本当に信ずるべきは「人の命」と思っています。

精神は精神本体とその上に形成された自我からなると思いますが、精神本体を私は「人の命」と呼んでいます。
精神本体とは数千万年、数億年、もしかすると数十億年かけて人に発達してきてきた精神です。
「人の命」はすべての人に共通と思います。
なかなか自我は「人の命」を認識しませんが、その人の中で黙々とその人を生かしています。
自我と「人の命」が共鳴するとその人は大きな力を発揮します。

すでに15年以上「人の命」を信じて生きてきましたが、生き生きと生きることができています。

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2012.01.08

お葬式は簡素なのがいい

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出初式

近所の同年輩の男性が亡くなりました。
長く病気でしたが、肺炎が直接の死因になってしまいました。
弔問に行くと奥さんが家で家族葬を行うと言いました。
香典供花は無用とのことでした。
家族葬は夫の遺言であったし、夫の葬儀は子供の考えではなく、自分の考えで行うと奥さんが言いました。

部屋に入ると遺体は布団に寝かせてありました。
子供さんが、○○さんが来てくれたよと私の名を言って遺体に声をかけてくれました。
拝顔してお別れの挨拶をし、ちょっと遺族の方々とお話しをして帰りました。

私の世代(70歳前後)はこのような簡素なお葬式を行う人が多いと思います。
私は共感を覚えます。
私が死んだ場合もそうしてほしいと思います。
お寺や葬斎場で仰々しく行うことに抵抗を感じます。

私はお墓も要りません。
火葬のあと灰が出てしまったら妻または子供は灰を粉末状にして庭の草木の肥料にするといいと思います。
庭好きの私としては自分の灰がそうなると思うと嬉しく思います。
(注)自然葬もいいですが、業者に依頼すると形式になります。遺族が自分で自然に撒くとなると悪いことをしているような気になり、なかなかできません。

お寺や業者は収益主義が目立ちます。
特にお寺はひどいと思います。
お金をとらないようなふりをしながら、遺族にお金を払わせるように言葉巧みに誘導します。
霊感商法そのものです。
業者だって、遺族のことを考えているとか、お寺の葬儀はお金がかかりすぎるとか、うまいことを言いながらお金をどんどん取るサービスを提供します。
どちらも遺族を食っているという印象です。

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2012.01.05

正月

120105

昔は正月は親や先生を訪問して新年の挨拶をしましたが、今は親も先生もいなくなってしまったので家で過ごしています。
そこで年賀状を日付どおり元旦に書くことにしています。
元旦午前中に人々の年賀状が届きますので結局その年賀状を見て書くことになります。
一人一人挨拶の文章を考えますので元旦は年賀状書きで終わります。

昔有名な神社仏閣に初詣に行って身動きがとれず恐怖を感じたことが何度かありますので初詣には行きません。
だからと言って無名の神社仏閣に行って初詣することもしません。
神社仏閣には神仏はいないと思いますので神仏に申し訳ないことをしているという気持ちはありません。

若い頃は変と思った慣習を批判し、その慣習に従がう人に反発しましたが、今は特に反発しません。
変な慣習と思ったらまずは自分がしなければいいことで人の感情を害してまで自分の考えを押し付けるのは問題と思っています。
自分の考えが正しいかどうかはその考えで生きていて問題ないか十分時間をかけてみないとわからないと思っています。

キリスト教を信じていた頃、キリスト教を人に押し付けるような伝道をしていましたが人々に迷惑をかけました。
50台半ばでキリスト教では現実についてわからないことがあまりにも多すぎるため、キリスト教の限界を強く感じ、キリスト教を捨て、「人の命」を勉強するようになってやっと現実を説明できるようになりました。
すでに15年ぐらいがたちましたが、少なくとも自分については苦悩から解放されていると思っています。
しかし、まだ人について悩むことが多い人生を送っています。
自分は自分、人は人と思うことができません。

私が死ぬと、否応なしに、人についてはその人に作動している「人の命」に委ねるしかありません。
ということは、私が生きている間も、人についてはその人に作動している「人の命」に委ねるべきということでしょう。
これを悟れば私はいっさいの苦悩から解放されるのでしょう。

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2012.01.02

謹賀新年

120102

明けましておめでとうございます。
昨年のことを考えますと、心が暗くなります。
現在の自分と自分の周りのことから次第に広範囲のことをことを考えると新しい考えで問題に対処できるかもしれません。
古い考えではこれからの問題は解決できないと思います。

まず今無事であるなら無事を感謝しましょう。
今何か問題があるなら解決方法を考えましょう。
解決方法が思いつかないなら今日は寝て明日を待ちましょう。

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