« 放射能汚染が一番心配 | トップページ | 戦争派は戦争知らず »

2015.02.22

2月で75歳になった

生きている人にはすべて肉体的生命力が働いていると知ると不安が薄らぎますが、皮膚に小さな突起物ができてそれが大きくなる程度でも不安です。
体に関する不安を消すには精神力を信じるしかないと思います。

信仰は神仏を信じます。
神仏を絶対と信じます。
神仏が何か知っている人は一人もいないと思いますが、神仏について知らなくても絶対的な力に対する信仰は平安を持つのに有効です。
神仏の絶対的な力とは精神力だと思います。

精神には誰でも知ることができる自我の働き(力)がありますが、精神の奥深いところで自我が認識することができない精神の働きがあります。
自我の発達は最近数百万年の間の出来事ですが、それ以前の数十億年、人がウイルスのような状態であったときから現在までの間に発達してきた精神力があります。
数十億年かけて発達してきた精神力ですから数百万年の歴史の自我よりはるかに大きな力を持っています。
精神本体、基本的精神、原精神と呼んでいいと思います。

私はこの精神本体を「人の命」と呼んで信じています。
不思議なことですが、人の命を信じると、肉体的生命力にも好影響を与えるようです。
肉体的生命力が強まると思います。
自我と人の命と肉体的生命力は密接な関係を持っています。

信仰で病気が治るとはこのことを言っていると思います。
人の命を信じて自信を持つと、病気に対する不安が和らぎます。

しかしどんなに平安であっても肉体は老化し、神経系も老化し、死にます。
死の問題については人は死ぬと悟るしかありません。
死ぬまで生きると考えるしかありません。
死後も魂が生きると考えてもいいですが、そう考えなくても特に不安になることはないと思います。

幸いなことに老化すると老化に逆らって生きたいと思う気持ちが薄らぎます。
この気持ちを大切にすると自我は苦悩しないで済むのではないかと思います。

すでに私は75歳です。
日日老化を感じていますが、生活力はあります。
したがって死ぬまで平安かどうかわかりません。
問題は生活力がなくなったときです。
そのとき平安であるかどうかは未経験です。

人の命を信じて生きる生き方を私は実験しています。
このブログを死ぬまで続け、心の動きを書き続けたいと思います。

|

« 放射能汚染が一番心配 | トップページ | 戦争派は戦争知らず »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/68819/61176594

この記事へのトラックバック一覧です: 2月で75歳になった:

« 放射能汚染が一番心配 | トップページ | 戦争派は戦争知らず »