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2016.03.19

信仰の力

S160317

宗教信者は自分は幸福と思っていますから、自分の言動を変とは思いません。
百万の単位のお金を宗教団体に払っても損したとは思いません。
異様な宗教施設、設備、飾り、絵画・彫刻などを見ても異様とは思いません。
至福の空間と思います。

宗教を信じることで仕事・事業に成功する人は多いと思います。
迷いがなくなって仕事・事業に一生懸命になれるからです。

だからと言って宗教が真実とは言えません。
特に信仰の対象である神仏に関する知識はいい加減です。
鰯の頭も信心からと言いますが、信じる心があればつまらないものもありがたく見えるという意味です。

学問や政治を宗教から自由にしたことで人類は真実を追求する自由を得ました。
学問分野に宗教学があります。
いろいろな宗教を比較研究する人が多いと思いますが、神仏とは何かと研究する人がいてもいいと思います。

何を信じても信仰に力があることは事実です。
神仏とは信じる主体(自我)の非常に近いところに存在し、信じることで自我と連動するからだと思います。
考えられるものは精神本体しかありません。

人は誰でも自我を認識します。
自我は思考するからです。
しかし、いちいち思考しなくても自然に作動している精神が人にあります。
人は、ウイルスのような状態から考えると数十億年かけて現代の人になったと思います。
数十億年かけて形成された精神がすべての人に内在し機能しています。
この精神を人は認識しません。
これを精神本体と呼びましょう。

自我は数百万年前から発達してきたと考えられます。
それ以前は自我とは異なる精神、つまり精神本体が人を生かしていたと思います。
滅亡しないで数十億年生き続けて来たことで精神本体の人を生かす力は非常に大きなものになりました。
精神本体は現代人にも機能していると思います。

つまり精神には自我以外に自我が認識しない精神本体があると思います。
信じる心とは信じる自我であり、信じることで自我は精神本体につながり、精神本体がフル稼働し、自我と精神本体が連動することになるのだと思います。
この連動が信仰の力だと思います。

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