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2016.08.23

外人も人、外国も国

オリンピックが世界のお祭りとして国をこえて人々が融和する場になっていることは確かです。

オリンピックに限らず、世界規模のシステムは、外人や外国に関する知識を増やしてくれるので平和に有効です。
外人も人、外国も国という認識は国境を低くします。
差別意識を弱めます。

未だに差別意識が強い人は、異常な優越感か、逆に劣等感を持っている人ではないでしょうか。
人だけでなく、政府も優越感、あるいは劣等感を持つと、外国政府、自国あるいは外国の人々に対し異常行動をとります。

特権階級が動かしている政府は優越感を持っています。
しかし人々から見れば劣等政府です。
したがって劣等感も持っています。

近年の中国政府や日本政府に異常を感じます。
どちらも国としては経済的優越感を持っていますが、政府としては政治的劣等感を持っています。
どちらの政府も、政治が思うようにいかず、希望を見出していません。
その結果、中国も日本も政治家の思考が委縮しています。
生き生きとした思考ができていません。

人々が動かしている民主的政府は優越感も劣等感も持っていません。
政治に問題があれば解決したいと工夫努力するだけの政府です。

優越感とか劣等感を捨てるにはよく交流して自分も外人も人、自国も外国も国と悟ることではないでしょうか。
孤立すると勝手に外人や外国を悪く想像して、故なき、差別する理由づくりをするものです。

外国を旅行して、劣等感を感じ、日本には万世一系の天皇がいると思い直して劣等感を優越感に転じることができたと雑誌に書いていた人がいましたが、劣等感も優越感も世界平和づくりには役立たないと知るべきです。

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