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2016.09.30

高価なお墓の需要は減る

最近お墓の宣伝を見なくなったと思っていましたが、最近配られた無料のタウン誌に大型公園墓地の宣伝が載っていました。
3㎡で永代使用料330万円以上とあります。
年間管理料は消費税別で6600円とあります。
これだけの価格で墓地使用権が売れるということは、まだまだお墓の需要が強いことを示しています。

しかし、折角高いお金を払ってお墓をつくってもお墓が引き継がれないことが増えています。
親が死んで子の代になると子の間で誰が先祖のお墓の面倒を見るか問題になります。
現代は、親の住んでいた町に子が住むとは限りません。
仕事の関係で遠くに住むことが多いものです。
先祖代々の墓が消えつつあります。
つまりお墓の寿命が1代限りになりつつあります。

大金を払ってお墓をつくる必要性が小さくなっています。
骨壺を納骨堂のような施設に納める仕組みがいいのではないでしょうか。
あるいは遺骨を細かい灰にして自然にまくのもいいと思います。
祭祀をやりたい人は、自分が希望する場所でやればいいと思います。

仏教団体はお墓は必要と主張すると思いますが、現実高価なお墓の需要は減ると思います。

なお、私の兄は、親の遺骨を親の住んでいた市の市営墓地に埋葬しましたが、市が遠い地方ということもあって、兄の子らが面倒を見ないと宣言しました。
どうしようかと兄が私に相談したので、私達は市と相談し、市営墓地については使用権を返還し、遺骨は灰にして散骨しました。
私は、毎年、中学3年生の同級会に参加するため故郷に行きますが、そのたびに、祭祀とは言いませんが、親の家のあった場所に行き、昔をしのびます。
お墓がなくても特に問題を感じていません。

仏教で言う供養は、死者の霊前にものを供えて冥福を祈ることです。
仏像、仏壇(位牌)、お墓(遺骨)などがあるとものを供える形ができます。
しかしものを供えなくても死者の冥福を祈ることはできます。

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