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2017.02.01

神の考えとは人間の考え

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教などの一神教の神は目に見えない外なる神です。
ユダヤ民族が信じた神です。
旧約聖書によるとユダヤ民族の先祖は大昔カルデヤのウルを出たとありますが、当時のカルデヤの人々は、人間がつくった神像、太陽、月、その他の星を神々と信じていたそうです。
ところがユダヤ民族の先祖は、神像は神ではない、無数の星も神ではない、無数の星(万軍)を束ねる唯一神(主)が存在すると信じたのでしょう。
人々がまだ知らない真実を知ったと思い、唯一「神」について人々に話したのではないでしょうか。
しかし「神々」を信じる宗教組織が存在し、当時は権威を持っていたと思います。
ユダヤ民族の先祖はウルで迫害をうけたのでしょう、一族を引き連れ、新天新地を求めてウルを出、北方に向かいました。
ウルを出た先祖の子、アブラハムからユダヤ民族の信仰について旧約聖書に記録が残っています。
ユダヤ民族が信じた神は目に見えない神です。
万軍の主と呼んでいることからわかるように宇宙をすべる神であることは明白です。

ユダヤ民族の一人、キリスト教の祖、イエスもこの神を信じました。
したがってイエスが信じた神も目に見えない外なる神でした。
キリスト教で特異な存在は聖霊ですが、新約聖書は聖霊がハトのように天からイエスに下ったと書いています。
イエスは神は天に存在すると信じ、聖霊は神から来たと信じていました。

イスラム教の祖、預言者ムハンマドはアブラハムの信仰についてよく知っていました。
アブラハムが信じた神を信じました。
したがってムハンマドが信じた神も目に見えない外なる神です。

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の神は同じです。
ところがユダヤ教、キリスト教、イスラム教は別の宗教です。
信じる神は同じでも、信じる神の考えが異なるからです。

すぐ誰でもこれは変と気付きます。
そんなことはありえないと思います。
同じ神が違った考えを人間に教えることはないからです。

神の考えとは人間の考えであることがわかります。
神の考えとは神が言ったことではなく、神が言ったと人間が思ったことであることがわかります。

こうして今では既存の一神教の神の絶対性および神の考えの絶対性が失われ、既存の一神教も宗教の一つになりました。

信仰を持っている人が、信仰を持っていない人と比較して自信を持って生きていることは事実です。
信者は信仰の力を感じて生きています。
この信仰の力はどこから来るのでしょうか。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の信者は、目に見えない外なる神から来ると信じていますが、そうではないことは明白です。

精神は人が人間らしくなってから発達した自我と、気が遠くなるような長年月をかけて発達してきた精神本体(原精神、原始的精神、動物的精神)からなりますが、この精神本体は気が遠くなるような長年月、命が絶えることなく人を生かし続けてきた「生きる力」です。
非常に大きな力を持っています。
そうでなければとうの昔に人は消えていたでしょう。
この精神本体が神と思います。

生きている人にはすべての人に精神本体が内在します。
信仰を持っている人は神仏を信じますが、神仏が何であるか知らなくても、目に見えない外なる神を信じても、神仏を信じると自動的に精神本体が感応して信仰者を助けるのだと思います。
これが信仰の力の秘密だと思います。

ところで信仰の力がほしいならば何を信じてもいいのですが、問題は正しく生きるか、幸福に生きるか、平安に生きるかということだと思います。
これが法、神仏の教え、知恵です。
知恵とは、気が遠くなるような人生経験から人類が知った、正しく、幸福に、平安に生きる知識です。
これらの知識は仏教、キリスト教、イスラム教などの宗教書の中に多く取りこまれています。
しかし知恵は宗教書に限りません。
宗教以外の分野でも多くの人が知恵を記録しています。

知恵とは一生かけて学び、また自分で考えるものだと思います。

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