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2017.11.25

事業家として成功する道は狭い

S171125

私は貧困家庭に育ち、学校へ行って学問する以外に何もすることがありませんでした。
学校から帰ると家事を手伝ったり、父母の副業の畑仕事を手伝ったり、魚などをとったり、鶏を飼って卵をとったりして何とか生きていました。
父が何とか地方公務員に就職できて収入が安定すると、私は学問に集中することができました。

大人になってからどう生きるかのか何もわからないまま、学問ができたので、日本は工業が大事ということで地方大学の工学部に入学して相変わらずの学問生活を続けました。
大学でできる学問以外の楽しみとしては、クラブ活動がありましたので、私も運動系のクラブに入り、大会に出たりして大学生活を楽しみました。
依然として大学卒業後の生き方のイメージがわきませんでしたが、当時の日本は工業化が進展し、地方大学の工学部にも、初任給日本一という生産会社から求人が来ました。
今から考えると安直な選択でしたが、私は大学の推薦を受けてその初任給日本一の会社に面接試験だけで入社しました。
面接試験では、学問より運動系のクラブ活動が評価されたような気がします。

入社してわかりましたが、私は技術開発の仕事を希望しましたが、私の希望は無視され、なんと本社勤務となりました。
技術系事務職です。
うんざりして退社を決心したことがありますが、父や兄は退社に大反対で、会社では我は通らない、自分に与えられた仕事をちゃんとこなすことをまず覚えよと諭されました。
泣く泣く、技術系事務職を続け、最後は調査研究事業をやって、会社での事業・仕事を終えました。
退社後は、経験知識を活かしてコンサルタント業をやり、老人になって体力が衰えてからは、老人でもできる個人的・副業的事業を続けて生きています。

残念ながら私には会社を設立し、育てる力がありませんでした。
退社後、個人業を経験しましたが、仲間や従業員を増やして組織をつくる勇気がありませんでした。
収益に自信がなかったことがありますが、経験知識不足で会社経営の企画すらできませんでした。

ところが今でも個人業をしぶとく続けていることを思うと、後継者にバトンタッチできるかもしれないとときどき思います。
子か、孫の誰かが関心を持ち、事業の展開を考えるようなことがあるかもしれないとときどき思います。

事業家が育つには何世代か時間がかかるのではないでしょうか。
何でもそうではないでしょうか。

事業家でも仕事人でもなかった父母の家庭に育ち、大会社に入ったと言ってもその事業をやっただけでは事業家になったとは言えません。

事業を始めても5年で廃業する人が90%というお話しがあります。
事業家として成功する道は狭いと思います。

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