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2018.03.10

生きる力は生きている人すべてに備わっている

S180310

存在しているものにはすべて存在する力が備わっています。
しかし長い短いはありますが、すべてのものに寿命があります。

人もこの自然法則に従って生きています。
個体は死にます。
しかし人も含めて生物の場合、子孫を残す仕組みがあります。
これは非常に高度な存在する力です。

人は、子孫ができても自分と子孫は違うと認識します。
自分の自我と子孫の自我が異なるからです。
子孫を自分と思いません。
また自分が子孫に乗り移って作動することはありません。

しかし子孫に備わっている生きる力は、自分の生きる力と同じです。
自我はなかなかこの生きる力を認識することができません。
自我が認識しなくても生きる力は黙々とすべての人を生かしています。
つまり生きる力は自我が認識しないところで機能しています。

大昔から人はこの生きる力を感じていました。
不思議な力と思っていました。
日本の古い自然神道ではこの不思議な力はすべてのものに備わっている霊(たま)と思われていました。

しかし、現代の有名な宗教では非常に遠い外、たとえばキリスト教やイスラム教では天にあると考えられています。
自分の近くにある見えるものは不思議ではなくなったのでしょう。
大昔は太陽、月、星などの天体が不思議だったので天体が神であると思っていました。
しかし遠くにあってもやがて見えるものは別に不思議ではないということになって、そのまた向こうの天にある見えないものということになりました。

どうもキリスト教やイスラム教はウソっぽいということで現代の宗教学者の中には神は遍在(あまねく存在)すると言う人が増えています。
自然法則のような性格と、個人と関係する人格を持っていると考えているのでしょう。

私は人の精神構造は精神本体と自我からなっていると思っています。
精神本体は、人が動物的存在であったときから作動していた精神です。
原始的精神、動物的精神と呼んでもいいと思います。
精神本体は自我が高度に発達した現代人にも作動しています。
この精神本体の働きを大昔から人々は不思議な存在、不思議な力と感じていたと思います。
宗教者は神仏と思ってきたと思います。

現代神道は神社神道が主流ですが、古い自然神道と比較すると、知識の後退と思います。
神社に神が住むという考えは非常に幼稚です。
神社神道を歴史的文化遺産として保存することはいいが、安倍晋三総理のような政治家達が神社神道を重視して政治の道具に仕立てるのは誤りです。
古い自然神道の方が真実に迫っていたと思います。

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