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2019.02.28

天皇は苦悩しているように見える

190228

確かに天皇は食べるもの、着るもの、住むところに心配はないが、象徴天皇とは何かと考えることで苦悩しているように見えます。
象徴天皇以外の仕事を選ぶ自由がありませんから象徴天皇とは何かと考えて生きるしかありません。
政治的発言の自由がありませんから、当たり障りのないことを言う以外に言いようがありません。

皇室の宗教は皇室神社神道です。
私事となっていますが、国民統合の象徴としての天皇としては皇室神社神道に普遍性がないことにとまどっていると思います。
仏教信者は皇室神社神道を変と思い、皇室神社神道以外の神道信者は神道と言ってもいろいろあると思い、キリスト教信者はやはり変と思い、主義思想が明確な人は皇室神社神道を評価しません。
宗教では天皇は国民統合の象徴として動けません。

天皇には人としての自由がありません。
これはまさに苦悩の種でしょう。

自民党は天皇を日本国の元首と位置づけようとしていますが、この考えは民主主義と相容れず、戦後民主主義に慣れた国民は天皇を元首に位置付けることには反対するでしょう。
天皇も元首になることは喜ばないでしょう。

天皇といえども人としての自由をもつことは非常に重要なことだと思います。
天皇の地位は国民の総意に基づきます。
天皇のことを考えて、天皇の、人としての自由度を上げることが大事と思います。

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2019.02.27

運転免許証更新が大仕事だった

190227

75歳以上の人は運転免許証更新の前に認知機能検査の受検が義務付けられているとのことで自分の町の認知機能検査教習所に予約しようと電話をしました。
満員で駄目だと言われてほかの町の教習所に当たりました。
何とか誕生日に近い日に予約することができました。
検査はパスしました。
750円の手数料がかかりました。

すると次は高齢者講習が義務付けられているとのことで認知機能検査を受けた教習所に電話しました。
誕生日を半月ぐらい過ぎた後の日なら空いているとのことで予約しました。
講習は無事終わりました。
5100円の手数料がかかりました。

免許証更新は誕生日の1か月後までに申請せよとのことで期限が迫っていたのですぐ最寄りの警察署に行きました。
すると持って行った免許用写真が高さが1mm足りないと言われ、警察で写真(1000円)をとることになるのかと嫌な気持ちになりましたが、予備に2枚持っていった写真のうちの1枚が30㎜あって1000円追加にならず更新申請書の提出が終わりました。
視力検査は無事でした。
ところが最後になって申請は一応受理するが、写真の質が悪いと言われ、再提出が求められるかもしれないと言われました。
2500円の手数料がかかりました。

75歳以上の運転能力が低下していることは認めますが、何だか老人がいじめられているような印象を受けました。

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2019.02.26

天皇退位、新天皇誕生、まさに皇室ブーム

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すでに華やか皇室関連行事が始まっています。
この華やかな行事は少なくとも5月まで続くのでしょう。
天皇が退位したいと表明した時、このような華やかな行事の連続を想像したでしょうか。

貧困層とは全く無縁の別世界が日本にできたような感じがします。
安倍晋三内閣は貧困層拡大問題を忘れて皇室関連行事に熱中するのではないでしょうか。

華やかな皇室関連行事の裏側で日本の基盤が崩れるような社会現象が起こっているのではないかと不安を感じます。

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2019.02.24

生きることで精一杯の人、子の養育で苦悩している人が大勢いる

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戦後父母がどうやって小学生の私を養育したか私はよく知っています。
私も生きるためによく働きました。

私は毎日井戸水を汲んで台所の水瓶をいっぱいにしました。
鶏の飼育は私の担当でした。
毎日床の糞を掃除しました。

毎日鍋を持って料亭に行き、三枚におろした魚の骨の部分、つまりあらなどをもらってきました。
つまり乞食をやっていました。
骨の間についている肉は貴重な蛋白源でした。

魚とりはよく近くの川に行きました。
漁具は父が作りました。
父と行くことで大量に魚を取る方法を覚えました。

父は畑を開墾しました。
麦踏とか、脱穀の手伝いをしました。
ジャガイモ、サツマイモ、サトイモ、カボチャなどの栽培の手伝いをしました。、

毎年2回、家族全員で1時間ぐらいかけて大河のほとりにあった製材所に行って木の切れ端をもらい、荷車に山のように積んで帰りました。
荷車を一生懸命引きました。
薪を用意し、かまどに火をくべる仕事は毎日やりました。

金属を拾って売ることもよくやりました。
儲けたお金は自分で使っていいということだったので一生懸命金属拾いをやりました。

やっと生きている状態でした。
よく病気をしました。
小学校時代は学校を休んでばかりいました。

しかし死にませんでした。
極貧でも人は生きると知りました。

大人になって会社に就職して十分食べるようになると病気をしなくなりました。
栄養不足が病気の原因と知りました。

戦中戦後の悲惨な生活は今後は日本ではないかもしれませんが、最近、東京都江戸川区大杉3丁目で30歳ぐらいの母と3人の子が心中したと聞いて涙を覚えました。
子が母の手伝いをできるぐらいになっていればまだよかったが、幼子では母の助け手にはなりません。
母は力尽きてしまったのでしょう。
現代は社会福祉が進歩していると言われていますが、絶望して苦悩している人がいるかと思うと悲しい思いがします。

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2019.02.23

日本主義で生きる時代ではない

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インターネットで私が自分のパソコンを使って世界中のパソコンとネットを形成し、世界の人と情報交換できることはすごいことです。
まだまだ国境が高いのですが、世界で活動する自由度がどんどん高まっています。
国の中で権力争いに終始している政治家が滑稽です。
隣国の政治家と喧嘩をやっている政治家が滑稽です。

電子メールの発明者はレイ トムリンソンというアメリカ人と言われています。
この人はニューヨーク州生まれ、マサチューセッツ工科大学などで学び、研究開発会社で働き、1971年に電子メールアドレスに@を使い始め、電子メールの普及に成功した人です。
電子メールが世界に普及し、人生大満足だったでしょう。
2016年3月5日、74歳で亡くなりました。

技術は国をこえます。
国という概念はどんどん小さくなります。
政治家は国で威張りたがりますが、思考が小さすぎます。

仮に国内で事業・仕事をやっていても気持ちは世界で事業・仕事をやっていると考えるといいと思います。

昔スイスでアメリカで電気工事人として成功した日本人と会い、面白いお話を聞かせてもらいました。
ごく普通の電気工事の知識を学び、若い頃、夢を大きく持ち、英語も話せないのにアメリカに行ったそうです。
仕事がもらえるか不安だったが、最初の彼の丁寧な仕事が依頼者に大いに評価され、その後は彼は信用できると評判になって仕事が絶えなかったそうです。
老人になってのんびりとスイスに来て人生を楽しんでいると言っていました。

世界の人々に役立つ技術を誠意をもって事業・仕事に活かすなら誰でも、日本はもちろん、外国でも評価されます。
現代は日本主義で生きるような時代ではありません。

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2019.02.22

政府の悪政を正すのは人々の仕事

S190222

個人ではどうしようもないと思う政治ですが、政治が悪いと人々は不幸になります。
したがって人々は政治を見張って自分にとって危険と感じるならば政治を正す行動をとる必要があります。

戦前戦中の政治について軍部が悪かったという歴史認識が多いのですが、これは誤りです。
戦前戦中、人々も戦争に熱中したことを忘れてはいけません。
人々は戦争の雰囲気をつくり、それに力を得て軍部は戦争を遂行したというのが正しい歴史認識と思います。

現代を観察すると、政府の原発稼動、防衛という名の軍事力の強化を黙認しているのは間違いなく人々です。
自民党・公明党が政治を担当していてもそれをよしとしている姿勢が証明しています。
放射能汚染で生活・生産環境が破壊すると思うならば、自公の原発稼動方針を否定し、選挙では自公に投票しないでしょう。
原発稼動反対の政党に投票して、まずは原発廃棄を国レベルで決めるでしょう。

原発による発電コストは一番安価ではありません。
電力会社の発電コストをもって発電コストと言っていますが、国や地方が負担する発電コストは計算に入れていません。
国や地方が負担する放射能汚染関連コスト、放射性廃棄物処理処分関連コストを考えると発電コストは無限大になります。

政府が個人のためにならないことをする訳がないというのは非常に甘い思考です。
戦前戦中の政府のことを考えれば政府が人々を不幸にする恐れは非常に大きいと言えます。

自公は政府を合理化近代化することに注力せず、1990年以来金融緩和を続け、保守できました。
その結果、政府がかかえた借金は1000兆円規模になっています。
確実に2000兆円に向かっています。
インフレ政策で政府の借金を実質減らすことは可能ですが、インフレにしっかり対応できる人々はどれくらいいるでしょうか。
人口減少老人割合増加の傾向です。
インフレで貧乏地獄に陥る人が非常に多く出ます。

政府を合理化近代化すること、事業や産業の新陳代謝をはかること、生産環境を改善して生産性を倍増すること、限られた労働力や資本を実経済に回すこと、生活環境を改善することなどが私達人々が考えるべき課題と思います。

人々が政治を考えること、政治家になること、信用できる政治家を選挙で選ぶことは非常に重要なことだと思います。

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2019.02.18

新聞テレビがない生活の方が平安

私は新聞テレビを見ません。
自分の家、自分の町は非常に平和で平安を感じます。
新聞テレビがない生活は幸福な生き方かもしれません。

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2019.02.16

元徴用工問題を大きくしない知恵が必要

S190216

元徴用工問題について新日鉄住金は日本政府と協議しながら対応すると言っていますが、原告側に対応していません。
新日鉄住金が日本政府の陰に隠れている感じがして弱々しいと思います。
新日鉄住金ほどの大企業は自分で原告側と対応するぐらいの自立性を示してほしいと思います。
世界で事業を展開するには国をこえる経営力が必要です。

なお、このような問題で通常の韓国と日本の経済交流が不自由になることがあってはいけません。
元徴用工問題の解決は関係者に任せて無関係な人は通常どおり交流していると問題が大きくなるのを防ぐことができると思います。
無関係者まで騒いで国の問題にすると下手をすれば両国絶交することになります。
これは両国大損です。

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2019.02.14

韓国と日本の喧嘩は空しい

S190214

韓国の政治家も日本の政治家も文化水準が低すぎるのではないでしょうか。
一般の人々まで政治家に巻き込まれて喧嘩に参加しているなら両国の関係は危険です。
一般の人々は冷静であれと思いますが、政治家並みの文化水準でしょうか。

喧嘩の奥深い原因ですが、竹島問題ではないでしょうか。
昔は日本は韓国が竹島を実効支配していると言って争点にすることを避けました。
今は日本の島だ、返せと言って争点にしています。
韓国は不安を覚えていると思います。

ところで日本は戦争で竹島をとることはしません。
韓国は話し合いでは竹島を日本に移管しません。
それでは韓国と日本は永遠に喧嘩を続けるのでしょうか。
永遠の喧嘩なんて馬鹿らしいと思うのですがいかがでしょうか。

日本はどうして韓国が竹島を領有することになったか歴史を考える必要があります。
1946年、連合国は竹島を日本の施政区域から除外しました。
すると韓国が実効支配を実施し、1952年1月には李ラインを設定して竹島を韓国側水域に含めました。
連合国はこの韓国の行動を制止したようではありません。
韓国は、1952年4月にサンフランシスコ条約が発効した後も実効支配を続けました。
アメリカや国連は韓国の実行支配を制止したようではありません。

こうした経緯を考えると戦争した日本が馬鹿だったと思います。

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2019.02.09

よく当たる輪ゴム鉄砲

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正確な年は忘れたが、初孫が5歳になった頃、2005年頃と思いますが、遊具を作ってあげようと思って輪ゴム鉄砲を工夫し、作ってあげました。
自分で言うのもおかしいが大変よくできた輪ゴム鉄砲で孫も自分も夢中になってこの輪ゴム鉄砲で遊びました。
その後、孫が生まれるたびに、その孫が5歳ぐらいになるとこの輪ゴム鉄砲を作ってあげました。
孫達が私の家に来ると輪ゴム鉄砲で遊べるように私の家にも2挺作っておいておきました。

よくできた輪ゴム鉄砲と思っていましたので人々にも紹介しようと思い、2014年の町の作品展に出品しました。
子供達のために山車をつくったりしてきた工作好きの方の目にとまり、その方から、近くの小学校1年生を対象にした昔遊びに採用したいとの提案があり、私が輪ゴム鉄砲を5挺、その方が、怪獣の絵をはった木の的9個と輪ゴムが飛び散らないよう後ろにおくついたてをつくりました。
その方はついたてに森や湖の絵を書いてくれました。

2015年1月の小学校の昔遊びで初めて輪ゴム鉄砲をやりました。
大変な人気で、小学校の先生が、ほかの遊びもやりなさいと言うほどでした。
その後は毎年1月のその小学校の昔遊びに採用されています。

今年になって輪ゴム鉄砲の評判が広がり、老人の遊びとしても面白いということで老人対象の福祉団体でも遊びの種目に加えられました。

この輪ゴム鉄砲は制作が簡単、丈夫、狙いが精確という特長を持っています。
工夫したことは鉄砲の先端の輪ゴムをかけるところと、引き金の上部の輪ゴムをかける切り欠きと、引き金の軸がなるべく一直線上にくるようにして、輪ゴムをかけても引き金を引かない限り輪ゴムが飛んでいかないようにしたことです。
引き金を引いて輪ゴムをかけた突端が銃の中にもぐりこむ位置に来ないと輪ゴムは切り欠きから離れません。

使っている木材は、お中元でもらった素麺の木箱です。
厚さは5mmぐらいです。
幅は1cmぐらいと2cmぐらいのものをつくり、上の写真に見るように切って接着剤で組み上げます。
引き金は写真で見るように2cmぐらいの板で作ります。
引き金の軸は写真でもわかるように輪ゴムをかける切り欠きの右の方に設けています。
頑丈にするため板と板と張り合わせる間には銃の形に切った一体型の厚紙を入れてあります。
板を厚紙にはるようにします。
こうすると銃身と取っ手がしっかりと固定します。

工作好きの方は自由に子供達のためにつくってあげてください。

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