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2019.08.16

はるかな尾瀬

190813

夕方の尾瀬沼

学生時代から知っており、写真でよく見ていましたが、交通の便がなくなかなか行く決心ができませんでした。
中禅寺湖には何度か行きましたのでその都度金精峠をこえればその向こうに尾瀬があると思いましたが、東北では1,2を競う燧ケ岳と至仏山の間に広がる尾瀬はまさにはるかな尾瀬でした。

ところが75歳の妻が尾瀬に行きたいと言い出し、娘が企画すると言いだしました。
79歳の私は尾瀬の縁まで車で行くことができ、そこから写真で見る湿原の木道を歩けるならば行ってもいいと言いました。
尾瀬に詳しくない娘は尾瀬の近くのいくつかの観光協会と相談しました。
観光協会は村おこしのため案内に熱心で、どうぞどうぞと言うので娘は簡単に行けると錯覚したようで、2泊3日で尾瀬沼と尾瀬ヶ原に行く計画書を作成しました。

幸い下の娘の家族が10人乗りのレンタカーを借りて同行する、運転は下の娘の夫が担当するということになって総勢9人で8月13日(火)朝横浜を出立しました。
圏央道、関越道を使って小出に行き、そこからルート352で奥只見湖畔を経由し、御池という所に行きました。
これが大変な自動車旅行で、特に奥只見湖に向かう道路は、狭くて長くて非常に古いダム建設用トンネルで、霧が立ち込め、天井からは雨が降り、冷凍庫のような冷気と不気味な霊気が漂う暗い道でした。
御池は燧(ひうち)ケ岳の北側に位置し、尾瀬沼への入り口になっています。
そこからは環境規制ということで私達は車をそこの駐車場にとめ、電動シャトルバスで沼山峠に行く予定でした。

シャトルバスは16時までということで私達は急いだのですが、御池に着いたのが16時20分で絶望的な気持ちになりましたが、幸運なことに沼山峠に行く16時25分発路線バスがすぐ来て救われました。
沼山峠の路線バス終点からちょっと登って沼山峠をこえ、後は1時間ほど下って、最後は湿原を歩き、目的の尾瀬沼の山小屋に18時頃到着しました。
明るい間に着けて本当に助かりました。
また登山道などはよく整備され、歩きやすかったので救われました。
しかし尾瀬の縁まで車で行けるというのはうそでした。

今時の山小屋は、旅館みたいでした。
寝間着がない、環境規制でお風呂で石鹸が使えない程度の違いでした。

14日(水)は早朝尾瀬沼北岸を散策し、6時過ぎに朝食をとり、今度は南岸を歩きました。
沼の向こうに燧ケ岳を見るベンチ広場が木道わきに設けられており、雄大な景観を楽しむことができました。
時間を見て、途中で引き返し、12時頃ごろまでに再び沼山峠に戻り、御池で昼食をとり、13時ごろに御池を出発してルート352を北上し、次にルート121を南下し、日光に出、それからルート120で中禅寺湖、金精峠をこえ、片品村戸倉の温泉旅館に18時ごろに到着しました。
このドライブは淡々としていましたがただただ距離が長く、5時間ぐらいのドライブになりました。

戸倉温泉は自然の温泉でナトリウムイオン、硫酸イオンが多く、ぬめり感がありました。
疲れをいやすには十分な温泉でした。
尾瀬の南に位置する山深いところにある村ですが、村おこしに熱心な村で、道の駅も最近できたばかりです。
ハイカラな道の駅で、村民食堂や産物の店に面積をとっています。
足湯もあり、足湯を楽しみながら、尾瀬のアヤメ平のある稜線を遠く北方に見ることができます。

15日(木)7時ごろ戸倉の旅館を出て、車で鳩待峠に行きました。
峠は風が強く、不運なことに雨が降り出しました。
雨具に身をかためて尾瀬ケ原に向かって下りました。
幸運なことに下り始めると雨はすぐやみました。
峠近くは勾配がきつかったが、そのほかは緩やかで道がよく整備され、非常に歩きやすい山道でした。

尾瀬ケ原は明るい、青空が広がる写真で見たとおりの美しい広大な湿原でした。
有名な水芭蕉は季節ではないので葉ばかりでしたが、8月は咲く花の種類が一番多い季節でした。
尾瀬ケ原の湿原は尾瀬沼の湿原と同じ、緑の草原に見えますが、湿原の中に無数の池ができており、湿原の中の木道の途中に家族がまとまって景色を楽しめるベンチ広場が設けられていました。
涼風に吹かれながら広大な湿原、北東に燧ケ岳、南西に至仏山を見ながら尾瀬を楽しみました。
70代後半の老夫婦にとってまさにはるかな尾瀬でしたが、その尾瀬がそこにありました。

帰りは車のある鳩待峠に戻りましたが、峠近くの登りは大雨になりました。
幸い雨は上から降ったので傘ですみました。
峠近くは勾配がきつかったが山道の整備がいいので傘をさしていても転ぶ恐れはありませんでした。
峠は風が強く、霧が流れていました。
長居せず、車で峠を下り、片品村に出、片品川に沿って下り、沼田に出、関越道、圏央道で横浜に帰りました。
18時半ごろ帰宅しました。

今回の旅行は老夫婦にとって楽な旅行ではなかったが、下の娘の夫の見事な長時間耐久高速・山道運転に助けられ、無理な日程を見事にこなすことができました。
言い方を変えれば、盲、蛇におじずでした。
中学生の孫のひとりが一族全員永眠の恐れがあったなどと冗談を言っていました。

小1の孫はトンボやそのほかの虫に興味を持ち、尾瀬では虫ばかり追っていました。
小3の孫はサッカーをやっている影響か、運動系で山道だろうが湿原の木道だろうが飛び歩いていました。
何かあるとほかの孫とけりあいの喧嘩をやるので参りました。

中学生は夏休みは受験とか宿題が気になってしょうがないようです。
中2、中3の孫が参加しましたが、折角の尾瀬だから尾瀬を楽しめばいいのに、旅館では学校か塾の問題集に取り組んでいました。

中2の孫がわからない問題があると言って、英語は娘に教えてもらっていました。
私が温泉に入ろうとするとこの孫が来て一緒に温泉に入ろうと言い、温泉の成分や効能などについておしゃべりをしながら温泉を楽しみ、さあ、寝ようと思ったら寝る前に数学を教えよと言ってきました。
孫は教えてもらうため一緒に温泉に入るサービスをした感じです。

100の位がx、10の位がy、1の位がzの数字Nは、x+y+zが9の倍数である場合、9の倍数であることを証明せよという問題でした。
孫は数式の問題は簡単だが、言葉で出る問題は苦手だと言いました。
言葉を数式で表現することにまだ慣れていないようでした。
素直に言葉を数字などの記号で表現すれば数学はやさしいと説明しました。

x+y+z=9a
z=9a-x-y
9aは9の倍数、aは自然数
N=100x+10y+z
=100x+10y+(9a-x-y)
=99x+9y+9a
=9(11x+y+a)
x,y,aは自然数であるから11x+y+aは自然数。
よってNは9の倍数である。

孫はわかったと言いましたが数学の面白さがわかったでしょうか。

確かに一族滅亡の恐れがありましたが、一族交流のいい機会になりました。
老夫婦にとって望外の旅行でした。
娘に感謝、娘家族に感謝。

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