技術者は戦争に協力してはいけない
技術者は、自分のことだけ考えると権力者政治家につかえて技術を戦争に活かし、多額の報酬をもらって豊かな生活を楽しむことができるが、戦没者のことを考えると自分の人生に苦悩します。苦悩しないため、戦没者のことを考えないようにすると非人間的な機械人間になります。
私には兄がいます。二人とも技術者です。兄は機械系、私は化学系です。父は会社員、のち地方公務員、母は主婦でした。二人が技術者になったのは当時日本が技術者を求めていたからだと思います。私達は何となく技術系の道を歩んでいました。
兄は、最初、鉄鋼会社の入社試験に合格し、代表的な工場の見学に行きました。家に帰ってきて深刻な顔をして父に大砲をつくっていたと報告し、入社をやめ、すぐ、直接戦争と関係ないと思われた写真フィルム会社の入社試験を受け、入社し、工務部門で働きました。
私は、大学の推薦で当時一番の化学会社に無試験で入社することになりましたが、職場が既存の生産工場とわかり、技術開発を希望していたので、入社をやめ、自分で、当時、技術開発投資ナンバーワンと評価されていた化学系会社を選び、入社試験を受け、無事、入社し、技術開発部門スタッフとして働きました。
戦争とは無関係と思っていましたが、入社してから戦中は戦闘機の座席の後ろのプラスチック製防弾板をつくっていた、朝鮮戦争では軍服材料、テント材料、落下傘材料など戦争向け資材がバカ売れした、入社後は、開発した新材料が戦闘機に多用されるようになったなど、戦争に関係していたこと、いることがわかって複雑な気持ちになりました。ほとんどが民生用ですが、どうしても戦争関連分野も用途になってしまいました。
私自身は、電子材料事業を新事業として起こすべく、計画を実行していたが、30代半ば、研究会社を設立せよとの会社の命令があり、設立後、新会社に移動し、主に新材料の調査研究に注力し、会社員生活を終えました。民生重視で働きましたが、自衛隊、アメリカ軍などとも交渉があり、複雑な気持ちでした。いずれも深入りを避けました。
自分の思いに反し、技術が戦争に応用されてしまうことはありますが、技術者が戦争に協力してはいけないと思って働くことは矛盾のない幸福な人生を送る上に重要なことだと思います。
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